世の中には良くも悪くも頭がおかしい人が一定数いまして、ユダヤ人の大量殺戮を企てる者がいたり、座ってこその椅子なのに「座ることを拒否する椅子」なんてものをデザインする者がいたり、元総理大臣を背後から銃撃する者がいたり、自分で宗教をこしらえて毒ガスをばらまく者がいたり、蓄音機やら電球を発明したりと、なぜか男ばかりです。
ものの本によると、女性のほうが男性よりも平均的IQは高く、男性の場合はバラツキがあるのでとんでもないバカがいる一方でアインシュタインとかオッペンハイマーみたいな科学者が現れたりするそうです。
音楽の世界にも頭がおかしいんじゃないかと疑ってしまう人がいます。ワーグナーの場合は『ニーベルングの指環』など、空前にしておそらく絶後であろう楽劇を残しており、これはもういい意味で「頭がおかしい」と言ってよいでしょう。
同じくロマン派に属しつつもいまいち知名度が高くないのがベルリオーズ。彼の作品を聴いてみると、「アイデアがたくさんあったのに、それをうまく作品の中にまとめきれず、結果としてお客さんに言いたいことがうまく伝わらない」パターンが多いような気がします。彼が残した『幻想交響曲』は頭がおかしいのか頭がいいのかわからない音楽です。
頭がおかしいのか頭がいいのかわからない『幻想交響曲』
タイトルから察するにエルフとかホビットとかドワーフが出てくるんだろうと私は勝手に想像していましたが全然違う「幻想」でした。
「失恋した若い芸術家が自殺しようとしてアヘンを飲むが、致死量に満たなかったので一連の奇怪な夢を見る」。
第1楽章は恋人への情熱をあらわし、第2楽章はその「恋人」(べつに付き合っているわけではないらしい)が他の男とワルツを踊るので嫉妬に苦しみ、第3楽章は田園を歩いていると彼女の姿が頭の中にちらついてイライラする話、第4楽章はとうとうその「恋人」を殺害してしまい、自分も死刑判決を受けてしまいます。第5楽章は地獄の悪魔と魔女化した元「恋人」のグロテスクな騒々しい踊りで幕を閉じます。全曲を通して聴くと50分くらいかかります。アニメのエピソード2話分の長さです。
実はこれはベルリオーズの体験が元ネタになっています。彼は25歳のときにアイルランドの女優スミスソンに恋をしました。世の中にはドルオタという人がいまして、私も渡辺麻友さんのことを「今も」いたく応援しているので気持ちは分かります。ただ握手会のときに暑苦しく語りかけるファンの姿は、アイドル本人にしてみれば気持ち悪くて仕方ないでしょう(私のことではないぞ)。向こうも本心からあなたの相手をしたいとは思っていませんから(それくらい普通の大人なら気づくでしょう)、そのことをわきまえたうえで一定の距離感をもって接すべきでしょう。
ベルリオーズはこのあたりの距離感というものがわからなかったらしく病的な熱愛は当然スミスソンに見向きもされず、(アキバのドンキの8Fではない)劇場に通い詰めた彼の気持ちは逆に憎悪に変わり、これが『幻想交響曲』作曲の原動力となりました。
ストーカーの自己語りと言ってしまえばそれだけですが、今も演奏会で頻繁に取り上げられているということはそれだけお客さんが集まるプログラムだということであり、歴史の試練に耐えたことの証明でもあります。それだけに構成もしっかりしており、頭がおかしいのか頭がいいのかよく分かりません。言うなれば「賢いバカ」でしょう。
ベルリオーズは全曲を通して「恋人の主題」という旋律を導入し、見事な統一をはかっています。
ウィキペディアによると、
ベルリオーズはこの繰り返される旋律を「イデー・フィクス」(idée fixe、固定観念、固定楽想などと訳す場合もある)と呼んだ。これはワーグナーが後に用いたライトモティーフと根本的に同じ発想といえる。「イデー・フィクス」は、曲中で変奏され変化していく。例えば第1楽章では、主人公が彼女を想っている場面で現れ、牧歌的であるのに対して、終楽章では魔女たちの饗宴の場面で現われ、「醜悪で、野卑で、グロテスクな舞踏」になり、E♭管クラリネットで甲高く演奏される。
(この動画の場合、「恋人の主題」は5:25から始まります。)
しかし女性にフラれたからといって50分もかかるような交響曲に仕立てるなんて、どうかしています。
が、事実は小説より奇なり。この作品が発表された数年後、ベルリオーズとスミスソンは結婚してしまいます(実話)。このときにはスミスソンは女優としての人気に陰りが出始め、ベルリオーズを頼らざるを得なかったという事情もあります。
しかし結婚生活がうまく行ったかというとそうでもなく、すぐに2人の関係は冷めきったものとなり、ベルリオーズはスミスソンと別居するようになり、まもなく別の女性と同棲を始めてしまうのでした・・・。
私自身はこの作品のCDを複数の指揮者で何枚か持っているのですが、内容が内容だけにとくに共感を覚えることもなく・・・、実際に聴くのは年に1,2回程度です・・・。
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