クリスマス! 夜景のキレイなレストランで彼氏と一緒に食事するの! もしかしてプロポーズされちゃうかも!? 指輪準備しててくれるかな? 

なんていう女性がいたとします。私ならついトールキンの『指輪物語』を本編ばかりか追補編までボックスセットで準備しようと張り切ってしまいます。なにしろ卒論テーマに選んだ作品ですし、私はオックスフォード大学付近の作者の墓まで出かけていって献花しましたもの。瀬田貞二の日本語訳なんて、そのへんの日本人の小説よりよほど整っていてはるかに美しいです。

それじゃだめだ? 芸術的イマジネーションがない人ですね。だったらワーグナーの『ニーベルングの指環』なら文句ないでしょう。『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』。この4作を『ニーベルングの指環』と称します。CDなら16枚組くらいです。ボードレールをはじめ19世紀の芸術家たちを軒並み魅了し、さらにはヒトラーが戦争遂行にまで利用してしまった空前絶後の大作! 

これもだめだ? 指揮者がショルティだから? じゃあカラヤンならいいのか? それもだめ? だったらフルトヴェングラーなら文句ないでしょう。プロポーズを受け入れてくれるでしょう。

こうして見事女性と結ばれた私はハタと冷静になります。こいつ俺とレゴラスどっちが好きなのかな、いや違う、どうしてクリスマスと恋愛が結びつくんだ?


クリスマスに恋愛を結びつけるのは無理があろう

言うまでもないですがクリスマスは12月25日。ウィキペディアによると、
イエス・キリストの誕生を記念する年中行事で、主に12月25日に、世界中の何十億人もの人々の間で宗教的・文化的に祝われるものである。キリスト教の典礼年の中心的な祝祭であり、アドベント(降誕祭)の季節に先立ち、西洋では歴史的に12日間続き、十二夜に最高潮に達するクリスマスの時期(Christmastide)を開始する。クリスマスは多くの国で祝日となっており、大多数のキリスト教徒が宗教的に、また多くの非キリスト教徒が文化的に祝う。クリスマスを中心に構成されるホリデーシーズンの重要な部分を形成する。

イエスが誕生した月日は不明であるが、4世紀初頭の教会では12月25日と定めていた。これはローマ暦の冬至に相当する。春分の日でもある3月25日の受胎告知からちょうど9ヶ月後である。
そもそも冬至というのは、夜が最も長い日であり、翌日からは少しずつ昼のほうが長くなっていきます。この日にイエスが生まれたということは、救世主の誕生によって神の光が少しずつ世界を照らし始めることを予感させるものであり、まさにそういう寓意を込められていると見るべきでしょう。

3月25日はどうでしょうか。この日は春分の日であり、昼と夜が同じ長さの日にあたります。天地創造においては光と闇が等分されており、受胎告知の日も昼と夜の長さが同じということであれば、この日は新しい世界の始まりを告げる日でもあります。

ちなみに『指輪物語』でフロドが裂け谷を出発するのが12月25日であり、滅びの山で一つの指環を廃棄するのは3月25日ということになっています。敬虔なカトリックであったトールキンは、キリスト教以前の歴史を描いた作品において、「これが後の時代のキリスト教を予感させるものだ」というひそかなメッセージを織り込んだのでしょう。

・・・で、これって恋愛となんの関わりもありませんね。
調べてみたところ、クリスマスと恋愛が結びつくようになったのは80年代前半あたりからで、90年代になると恋愛ドラマがブームになり、そういう風潮が加速していきます。その後、2000年代以降は日本では非婚化が進みますから、「クリスマスは彼女とホテルで過ごしてプロポーズして」のような考え方は90年代プラスマイナス10年くらいがピークだったと見てよいのではないでしょうか。

これはハロウィンがその歴史的由来と乖離して渋谷でコスプレするという、あまり頭が良さそうに思えないお祭りになってしまったことと相似形をなすものであり、どちらにしても本来の姿からかけ離れてしまっていることは間違いないでしょう。

遠藤周作は代表作『沈黙』において、日本にキリスト教が根付かないと登場人物(棄教者フェレイラ)を通じて語らせています。
「この国は沼地だ。やがてお前にもわかるだろうな。この国は考えていたより、もっと怖ろしい無街だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。葉が黄ばみ枯れていく。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった」
この話を聞いた宣教師ロドリゴは、そんなことはないと主張しますが・・・。

でもクリスマスに『ニーベルングの指環』を渡そうとするバカップルとか、渋谷を闊歩するナメック星人を見たら、たぶんロドリゴは・・・、「うんそう思う、ここは沼だね」と納得したでしょう。


注:本記事作成にあたり西山清『聖書神話の解読』を参考にしました。