2022年12月4日(日)、紀尾井ホールで行われたヴァイオリニスト・和波孝禧さんのコンサート。
プログラムによると、70歳でベートーヴェンの『ヴァイオリン協奏曲』を演奏した際に大規模なオーケストラを作って協演するのはこれが最後と思っていたものの、その後も77歳でブラームスの作品77(『ヴァイオリン協奏曲』のこと)を弾きたいという意欲が高まり、今日に至ったとのこと。

プログラムにはブラームスのほか、ヴィヴァルディの『4つのヴァイオリンのための協奏曲 ロ短調 op.3 no.10 RV580』、ベートーヴェンの2つの「ロマンス」が取り上げられました。

オーケストラはこの日のために選抜された奏者によって編成された1日限りの「77記念特別オーケストラ」。すなわち一期一会のメンバーであり、77歳にしてブラームスの協奏曲という大作に取り組むという企画にいやが上にも期待が高まります。

果たせるかな、ヴィヴァルディでは後進の音楽家たちとの睦まじい協演、これは楽天的なヴィヴァルディの譜面を素材に4名のソリストたちの語らいであり、ともに積み重ねてきた時間を振り返るかのよう。

ベートーヴェンの「ロマンス」は華美な音色を排し、落ち着いた歩みのなかに「怒れる獅子」のひと時の安らぎが伺われる演奏です。ただテンポが早いだけ、音が大きいだけの「音楽と称する何か別のもの」に辟易した方にはぜひ耳を傾けていただきたいです。

プログラム後半にはブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』(ここで2階客席に上皇后美智子様がお見えになりました)。
一流のヴァイオリニストともなれば人生で何度も弾くことになるこの曲は、演奏者によってかなり違った雰囲気に仕上がります。たとえば剛毅な意志を秘めて前に進むヌヴー、朗々とした歌が続くフランチェスカッティ、怜悧な切り込みのハーン。

和波孝禧さんの演奏はそのどれでもなく、年輪を重ねた証そのものといえる実直な音色を連ねるという、音楽の向こうに人生の歩みを思わせるもの。それを地味と形容するのはふさわしくありませんし、しかし絢爛豪華という言葉を用いるのは明確に誤りです。

かつて和波孝禧さんがロンドのカール・フレッシュコンクールで1位を逃した際に師・江藤俊哉さんはこう諭したそうです。
「君は確かにぼくが教えた通りよく弾いた。ただ、一位になったブルガリア人などに比べると、音楽が伝わってこない。じっくり聞けばよさは分るが、聞いた瞬間に引き込まれるような説得力には乏しい。要するにコンクール向きの演奏ではない、ということだろう。一概にコンクール向きがよいとも思えないが、君の場合もっと技術、特に右手のボーイングを改善し、人格にも磨きを賭けて説得力のある演奏を目指して欲しい」。

(『音楽からの贈り物』より)
たしかに和波孝禧さんの演奏を聴いてみるとハイフェッツのような息もつかせぬ正確無比なコントロールやズーカーマンのような美音、つまりコンクールでいかにも1位を狙えそうな「ウケの良さ」はないものの、だからといって芸術性が劣るというものではなく、じっくり聴くことで伝わるあたたかな手ざわりが感じられます(晩年のイダ・ヘンデルを聴いたことがありますが、そのときの印象に近いです)。

40分にも及ぶ大作でありながら、見事に弾ききった和波孝禧さんの表情からは確かな満足が伺われ、また私自身もこの場にいることができて良かったという実感を得ました。年を重ねることはただ老いるだけではなく、年輪を重ねてはじめて獲得できる「美しさ」もまたあるのでしょう。

この演奏会のためにオーケストラのメンバーとして多くの若手奏者たちも参加していました。これだけ多くの人が集うということはそれだけ和波孝禧さんが尊敬され、つまりはそれだけの足跡を人生のなかで残してきたということであり、後輩たちに多くのものを手渡してきたということの証です。ここにクラシック音楽がまさに「古典」であり、先人から次世代への継承によって成り立っていることが感じられます。

ぜひ和波孝禧さんの次回のコンサートにも足を運びたいと思いながら、私は紀尾井ホールを後にしました。