私は以前のブログ記事「ヴァイオリンの弓が持ち運べなくなる日?」で、国境をまたいでのヴァイオリンおよび弓の移動が難しくなるのではないかということを書きました。

ドイツの空港で堀米ゆず子さんが税関によってヴァイオリンを差し押さえられたのは有名な話ですが、「これは私の私物ですから」と主張しても認めてくれず、EUの外で買ったのか、EU域内で買ったのか、またそれを証明してみろと言われる始末だった模様。さすが融通のきかなさ、私が持っているドイツのイメージにぴったりでした。

これに輪をかけて、ブラジルがさらに輸出規制を強化しようとしておりその結果が注目されていました。
もしブラジルの主張が100%認められたら、ヴァイオリン本体だけではなく弓までややこしい証明書を取得して税関に提示して・・・、ということが想像されるだけに音楽家にとっては死活問題です。

2022年11月28日の朝日新聞(夕刊)記事「バイオリン弓の材料、国際取引の規制強化 完成品も対象 ワシントン条約会議」によると、

 中米・パナマで開かれたワシントン条約締約国会議は、バイオリンなど弦楽器の弓の材料に使われるブラジル産の木が絶滅するおそれがあるとして、国際取引に輸出国の許可が必要になる現行の「付属書2」を維持した上で、材料のほか、完成品や部品も新たに輸出の規制対象とする修正で合意した。
 ペルナンブコ(別名・ブラジルボク)と呼ばれる木で、弦楽器から優れた響きを引き出す弓の材料としてプロ奏者の間で広く使われている。ブラジル政府は当初、「楽器パスポート(音楽許可証)」を持つ演奏家以外、国際取引をほぼ全面的に禁止する「付属書1」への格上げを提案。国境を越えた演奏活動に支障が出かねないとの懸念が広がっていた。

(中略)

日本政府関係者は「再輸出品の認定をどうするかなどの問題は残るものの、音楽業界にとっては最高の結果だ。国内制度の調整や今後の業界での取り組みを国際的に協調しながら進めたい」と話す。
とりあえず一安心できるようです。というわけでこの記事をすこし掘り下げてみましょう。

そもそも附属書(朝日新聞記事には付属書と記載)とは何でしょうか。経済産業省HPによると、

ワシントン条約は、自然のかけがえのない一部をなす野生動植物の特定の種が過度に国際取引に利用されることのないようこれらの種を保護することを目的とした条約です。この条約は、絶滅のおそれがあり保護が必要と考えられる野生動植物を附属書Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ3つの分類に区分し、附属書に掲載された種についてそれぞれの必要性に応じて国際取引の規制を行うこととしています。
そして附属書Ⅱとは、「現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、取引を規制しなければ絶滅のおそれのあるもの」であり、「商業目的の取引は可能。輸出国政府の発行する輸出許可書等が必要」と定められています。事例としては「クマ、タカ、オウム、ライオン」など。ワシントン条約は動物だけでなく植物も対象になりますから、フェルナンブーコも附属書Ⅱに分類されています。

もしブラジル政府の主張が通り「附属書Ⅰ」となった場合は「学術研究を目的とした取引は可能。輸出国・輸入国双方の許可書が必要」となります。事例としては「オランウータン、ゴリラ」など。

つまりヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス奏者50人が入国すると、オランウータン50匹を輸入するのと同格の手続が必要ということになります。そんなばかな!!

この主張は退けられたようですから、たしかに当面は安心できます。ただフェルナンブーコ自体の希少価値が高くなっていけば、やがては輸出規制が強化され、「昔、ピアノの鍵盤は象牙だったんだよ」「え、アクリルじゃないんですか!?」なんていうやりとりがヴァイオリンでも繰り返されることになるかもしれません。「え、カーボン弓って昔は普通じゃなかったんですね?」なんて子供に言われたりして・・・。

私自身もカーボン弓は持っているものの、木の弓と比べるとどうしてもやはり響きが硬いのが気になります。おそらくですが素材によって倍音の豊かさもまた違ってくるのでしょう。
でもクラシックって倍音の響きを重視して音を作り込まなければなりませんから、倍音が思うように響いてくれない弓なんて、耳のいい奏者ほど使いたいとは思わないでしょう。

弓の価格というのは需給バランスや規制強化の有無、日本とそれ以外の先進国の平均所得や物価、為替レート(円安が定着する可能性は否定できない)など複数の要素が影響すると思われますが、そもそも日本経済自体に明るい見通しが想像されないため、弓を探している人はなるべく早く「この1本!」を見つけたほうが良さそうな気がします。