ヴァイオリンの弓のことを英語でBowといいます。たしかに素人目にはただの棒にしか見えないので英語でBow=ボウというのも頷ける話です。
ヴァイオリンの弓はかつては本当に弓のような曲線を描くデザインでしたが19世紀になりヴィオッティが弓職人とともに改良を試みた結果、現在私達が使っているようなものになりました。
弓に使われている木材はフェルナンブーコと呼ばれるブラジル原産のもの。大航海時代にヨーロッパに伝えられましたが、当時は染料を得ることが目的であり、ずっと後の時代になってヴァイオリンの弓の製作にふさわしいということがわかりました。
当然の話ながら、木材は天然資源であり、かつてピアノの鍵盤に用いられていた象牙が現在は好き勝手に流通させられなくなったのと同じく、フェルナンブーコもまた厳しい規制が課せられる日が近いのかもしれません。
ヴァイオリンの弓が持ち運べなくなる日?
朝日新聞2022年9月28日記事「バイオリンの弓、「象牙」並み規制案 ブラジル産の木が絶滅の危機」によると、
バイオリンなど弦楽器の弓の材料に使われる木が絶滅の危機にあるとして、産出国ブラジルが商業取引の全面禁止を提案している。音楽関係者の間では、種の保存の重要性は認めつつも、海外での演奏活動や弓の製作などに大きな支障が出かねないとの懸念が広がっている。
これは数百年にわたる伐採の結果であったとされています。しかし、ヴァイオリン演奏者が地球全体の人口の何%を占めるかということを考えてみると、過度の弓づくりが今の危機を招いたとは思いにくいですね。他の用途での伐採もまた弓づくり以上に悪影響を与えたと推測します。
記事は、
ブラジル政府は、その後も弓の材料として違法な伐採や密輸などが相次いでいるとして、今年11月にパナマで開かれる同条約の締約国会議に向けて、最も厳しい「付属書Ⅰ」に格上げする提案を提出した。
提案では、材料のほか、現行では対象外となっている楽器や弓の完成品、部品なども商業取引を禁じる規制対象にしている。同条約で輸出入が原則禁止されている象牙、象牙製品並みに取引が制限される可能性がある。
と続いています。
恐ろしいことに、
提案では、海外ツアー中のオーケストラや個人演奏家の楽器、弓の持ち運びは「音楽パスポート(楽器認定証)」を持つ場合のみ認められる。提案が通れば、国境を越える移動の度に詳細な事務手続きが必要となるおそれがある。
とにかく面倒になるようです。以前堀米ゆず子さんがフランクフルトの税関でストラディヴァリウスを差し押さえられた(後日返還された)という事件がありました。これは大前研一氏と樫本大進氏の対談を参照するのが一番短く、かつわかりやすいでしょう。
【大前】何年か前、日本人のヴァイオリニストがドイツの税関で愛用のヴァイオリンを没収される事件がありましたね。
【樫本】堀米(堀米ゆず子 ベルギー・ブリュッセル在住のヴァイオリン奏者)さんの話ですよね。フランクフルト空港で。
【大前】あれは何だったんですか。私は依然として理由がわかってない。
【樫本】税関の問題ですね。手荷物扱いで持ち込んだヴァイオリンが税関に引っかかった。EU内で買った楽器ならよいのですが、EU外で買った楽器は仕事用でも輸入扱いになる。
【大前】だって本人がずっと愛用していたんでしょう?
【樫本】そうです。堀米さん、日本で買った楽器をヨーロッパに持ってきて、ヨーロッパに住んでいる人ですから。
【大前】愛用のヴァイオリンだって、きっともとはヨーロッパで作られたわけでしょ。
【樫本】そうなんですが、一度、EUの外に出ているじゃないですか。昔はそんなに厳しくなかったんですけど、今は買い取った場所がEU外だったら輸入しなきゃダメだと。
【大前】EU内で買ったか、EU外で買ったかわかるんですか? 税関で。
【樫本】いや。証明しろと言われるんです。僕も言われたことが何回もある。(プレジデントオンライン「あの大前研一が"いま一番注目する日本人"」https://president.jp/articles/-/24238?page=6 より)
これに似たようなことが、「ヴァイオリン本体」だけでなく「弓」にも起こりうるということになり、ヴァイオリン本体は関税を免税にするための手続が今現在必要であり、将来的には「私の弓は希少木材を利用しているが、この音楽パスポートに記載のとおり、これこれの理由により国境を超えて携行することが〇〇という機関により認定されている」旨の証明が必要になるということが想像されます。
成田空港に帰国したとき、普通なら「申告なし」のゲートを通る人が大半ですが、ヴァイオリンを持っている人は「申告あり」のゲートを通過する羽目になり、時間がかかってイライラする・・・、のはまだマシで、発展途上国や汚職の多い国、事務処理がルーズな国の税関なら一体どれくらい手続に手間がかかるのか想像もつきません。ひどいときには「夜8時に空港に着いたが職員は全員6時で帰宅しており、次の申告開始は翌日朝9時からなので、朝までその場で待機しなければならない」などという事例もあるのではないでしょうか(これも個人的想像)。
これから一体どうなるのでしょうか。私は悪い想像が重なって、「もう知らんもんね」を決め込むことにしました。
注:本記事製作にあたり、NHK番組「ドキュランドへようこそ」のうち「弓職人 - 究極の音を探し求めて -」を参考にしました。
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