このブログ「友だちいない研究所」は2018年2月に始まっているので、この調子なら5年目に突入するはずです。毎日毎日いかに自分に友だちがいないかを書き連ね、友だちがいなくて大学で一人ぼっちになって一人でグループワークをやったり、職場で孤立していることを書き散らし・・・。


そうしているとネタが底をつきました!



・・・という状態になるまで約1ヶ月。ブログは毎日更新を1ヶ月続けなさい、いや3ヶ月は続けなくてはとかいろいろな説が飛び交っています。
これは何ヶ月続ければOKとか、収益化できるとかいうわけではなくて、文章を書いて公表するというプロセスに体やメンタルが馴染むにはそれくらいの時間が必要だというのが真意のようです。
私も初めのころは数行の記事の「公開」ボタンを押すだけでなんだか手が震えたり背中から汗が流れたりしていましたから。

いまでは渡辺麻友さんについて論じたり、ラブライブ! を論じたり、やりたい放題になってしまいましたが・・・。

しかし世の中にはブログの更新がいつの間にか止まってしまう人もいます。
せっかく初めたのにもったいない。いえ、当事者にしてみれば「飽きた」「続かなかった」「ネタ切れした」「仕事が忙しくて」など切実な理由があるはずです。

その一方で私みたいに誰からも見向きもされなくても書き散らす奴もいます。そして一応収益も発生しています。ちびまる子ちゃんの小遣いレベルですが。

一体どうしてブログの更新が止まるのでしょう?


ブログの更新が止まる。続けるには?

更新が止まるのは前述の通り、当事者に何かしらの理由があるはずです。

でもそうやっていろいろ理由を持ち出してみると、不思議なことに気づきます。
どんなに忙しくても食事をしたり風呂に入ったりトイレに行ったり。つまり生活の一部になっていることは絶対に続いているのです。

言い換えると、やはりブログの更新を止めないためには、記事を書くということを生活の一部にしていくしかないでしょう。
19世紀フランスの文豪スタンダールは「天才であろうとなかろうと、毎日書くこと」という名言を残しています。気分が乗った時だけ書くのではなくて、とにかくネタのある無しに関わらずとにかく強制的に書く時間を確保して、絶対に何かを書き留めること。これを彼はどうやら習慣化していたようです。

これに近い言葉として、卑近な例で言えば私にエレキギターを教えてくれた先生は「ギターが上手くなりたいと思ったらスライムを倒しまくるしかない」と言っていました。つまり単調な作業であってもとにかく続ける以外に道はないようです。

案外体育会系なことを言っているように聞こえるかもしれません。でも一定期間続けてみると、自分がこれをやらないことを逆に気持ち悪くなるので不思議です。別の角度から言うと、そこまでして書き続けていかないと、いい記事というのは生まれないのかもしれません。なにしろあのピカソが残した作品点数は14万点あまり。そのなかでも名作と言われているものは限られています。彼にしても何かを「作る」ことがもはや生活の一部に溶け込んでいたからこそ、大量の作品を発表できたのであり、その彼でさえ「ゲルニカ」に匹敵する知名度を誇るものはごくわずか。であれば一般ブロガーなど・・・、あとは推して知るべしですね。