一昔前は出会い系サイトでしょ、という目で見られていたマッチングアプリも最近では電車の広告にまで進出してきて、かなり市民権を得てきたという印象があります。

アプリを通じて出会って、そのまま結婚したというのがユーザーが想像するであろう青写真です。
しかし実際には多すぎる選択肢、次に会う人のほうがいま会っている人よりもいい条件かもしれないという余計な想像力という難題が道をふさぎます。しかも誰もが誰にでもアプローチできるため、結局は一握りのハイスペックな人に人気が集中してしまい、大多数の「そうじゃない人」は延々と無理ゲーを繰り返すことになります。

私(男)個人の経験から言えば、そもそも女性が無料というところにまず問題があると考えます。
一切のコストを男が負担し(養分となり)、「いいね」にリアクションを貰える確率はせいぜい1%以下(個人の経験です)であると知りつつも毎日アプリにログインしなければなりません。この時点でまず無理ゲーです。


マッチングアプリは女性が無料。これが無責任な言動を誘発する

そもそも人は自分がお金を払ったものしか大事にしません。そういう生き物です。

昔、かの有名なミシュランガイドは無料で配布されていました。高級レストランがこれでもかと掲載されている、あのミシュランガイドです。ミシュラン兄弟はこれで人の移動が促進されれば本業であるタイヤ市場も成長するわけですから、いい投資だと思っていたのです。
それでミシュランガイドがどんどん普及していくわけですが、あるときミシュラン氏が修理工場に立ち寄ると、作業台の脚代わりに使われているのを目撃します。これに激怒したミシュラン氏は、以後ミシュランガイドを有料にしてしまいました。ところがかえって読者からは大事に扱われるようになり、ガイドブックとしての権威が高まるきっかけになったのでした。

つまりは「無料のものはありがたくない」のです。この記事に引きつけて言い換えれば、女性はコストを負担しているという意識がないため、マッチングアプリ上での言動が無責任なものになりがちです。
以下は、Omiaiというマッチングアプリを私が使ったうえで実際にあった出来事です。

・マッチングしたので、挨拶したがノーリアクション

・向こうから「いいね」してくれたので、お礼かたがた挨拶したがノーリアクション

・数度にわたりメッセージの往復が続いたが、あるとき何の前触れもなく会話が途絶える
(下品な話をしたというわけではなく、また当然社会人である以上敬語を使いながら、プロフィールに書いてあるトピックを掘り下げるような普通の会話でした)

・「今月末はコロナに感染できない事情があるので、来月に会いたい」というメッセージを受信したが、いざその月になっても音沙汰がない

・「マッチングしたらなるべく早く会いたい」とプロフィールに書いてあったので、「なるべく早く会いたいとのことですが、たとえば今週または来週末にお会いさせていただくのはいかがでしょうか」と尋ねてみたら36時間にわたり返信がなく、気づいたらその人はアカウントを抹消していた

・2週間程度メッセージのやり取りをし、「そろそろ潮時だろう」と思い、実際に会うことを打診したら、返信が来なくなった。会うためのマッチングアプリじゃないのか?

すべての場合において、関係を断ってきたのは女性の側であり、要するに都合の悪い質問をされるとダンマリを決め込んでいなくなるのでした。ディスプレイの向こう側にいるのは人間であるということを知らないはずはないのですから、失礼な話です。しかも具体的に私のメッセージのどこがどんなふうに都合が悪かったのかは事前にも事後にも知ることができません。

もし女性も有料であるならば、このような振る舞いは少なくなるかと思われますが、そもそもマッチングアプリは女性が無料というのがマーケットの「相場」として均衡しているのでこれを覆すことは不可能でしょう。コスト意識がないって、本当に人を無責任にさせるんですね・・・。

それにしても、出会いのツールや選択肢が広がれば広がるほどかえって人と出会いづらくなるというのは、「すべての不幸は不足ではなく余剰によって生じる」(トルストイ『戦争と平和』)のであり、つまり、ありあまる自由のせいでかえって不幸になってしまうというパラドックスそのものではないでしょうか・・・。