ル=グウィン作ゲド戦記シリーズの第3巻である『さいはての島へ』は、世界からどんどん魔力が失われてゆくというもの。最初はアースシーの辺境から異変が始まり、だんだんといろいろな地域で似たようなことが起こり始めます。

いつの間にか南海域では平和な通商が行われなくなり、様々な地域からの信頼できる情報が得られにくくなっていました。第3巻のでゲドと冒険をともにするアレンの父であるエンラッド公も、手下の魔法使いが祭の最中に突然呪文を唱えられなくなってしまい、代わりに彼が代理を務めました。なんとか祭は終わったものの、エンラッドは「唱えるだけは唱えたが、唱えたことばにはたしてどれだけの意味があるのかわしにはわからん」。

案の定、魔法がちゃんと機能していなかったらしく、この祭のあとで生まれた羊には死産が相次ぎ、何匹かは奇形だったとか。

こういう各地で起こっている不思議な出来事の原因を探るべく、ゲドとアレンは旅に出ます。

ところがこの旅の描写の、世界が終わりかけてる感がてんこ盛りで、不吉な感じがすごく出ているのです。さすがプロの小説家!


『さいはての島へ』の描写の気持ち悪い迫力がすごい!

第1巻では途中までの天才少年の活躍そして挫折と恐怖、そして自分に立ち向かう様子が描かれていました。明暗の対比が見事です。

第2巻は古いしきたりに縛られた女性がゲドとの出会いを通じて自分に目覚めてゆく過程が素晴らしいです。最初の3分の2は儀式がどうしたとか、暗い洞窟の中で人がどういう死に方をしているかとか・・・。だからこそ、テナーがそこから解放されて広い世界へ顔を向ける描写、果たして本当にこれでいいのかという戸惑い、そして私は本当にこの道を歩むのだという喜びにリアリティが加えられます。

第3巻『さいはての島へ』。これはもう話が進めば進むほど「あ、本当にこの世界から秩序が失われているんだ」という不吉な雰囲気が溢れかえっています。あらすじそのもののドラマチックさも見事ながら、細かい描写に目を向けるとアレンが味わった気持ち悪さを追体験できます(つまりあなたも気持ち悪くなれます)。

たとえばホート・タウンの描写はどうでしょう。最初は船を係留する料金がやけに高い、ぼったくりだといった程度のお話で始まります。これはまだわかります。現に、私の家の近所にある東京都立川市のJRAの目の前にある駐車場は20分で330円という強気の価格です。実際にはこういう「あそこの駐車場だけ客の足元を見てやけに高い」みたいな話はありふれているのでゲドがぼったくりじゃないかと感じるのは私達の常識から見ても許容範囲です。

ところがだんだん冗談で済まない雰囲気になっていきます。

あたりには妙な臭いが漂い、道の両側には、けばけばしく飾りたてた店が軒を並べている。

妙な臭い? 港町だから腐った魚の臭い? まあいいでしょう、港町ですからそういうこともあるでしょう。

そうやってしばらく読み進めると、

一軒の店がすさまじい音をたてて倒れた。人びとは大あわてで日よけをたたんだり、とりはずしたりしはじめた。大勢の人間が押し合いへしあいしながら、広場を進んで行った。罵声が飛び、悲鳴があがった。(中略)広場のあちこちで、素手や刃物のけんかが始まっていた。はげしい口論もいたるところで火を噴いていた。
なんだこりゃ? ずいぶん治安が悪いな。インドかここは。行ったことないけど。

そうこうするうちに、ウサギという可愛い名前の男が登場しますが「死者たちがどうのこうの」と気持ち悪い話をしてきます。普通そんな話初対面の人にしませんよ・・・。

ホート・タウンには、だが、実際、どこかおかしなところがあった。ここへ来れば誰だって本気で、この町はのろわれていると考えたことだろう。(中略)三月にしてはいやに暑かった。あちこちの広場や通りは結構にぎわってはいるものの、景気は悪そうで、どこも秩序を失って混乱していた。品物は乏しく、値段は高かった。市場は泥棒やごろつきどもがうようよし、客も商人も一瞬たりと気が許せなかった。(中略)ほどなく、アレンとハイタカは、このホート・タウンには事実、議会もなければ、市長も領主もいないことを知った。
統治機構が存在しないので、それぞれに力をもった者たちが勝手に縄張りを作り上げ、バラバラに小ぜり合いをしているのでした。

このように、ホート・タウンがいかに「いるだけで頭がおかしくなってしまいそうな街か」というのをちょっとずつ情報を小出しにしつつ、たくみに雰囲気を盛り上げています。

この後ゲドとアレンはローバネリーという島でソプリという男を仲間に加えるのですが、頭がおかしいのです・・・。しかもゲドは頭がおかしいということを知っていて仲間にするのです・・・。そんな奴と一緒に小舟という密な環境で旅をするのです。どうだ嫌だろう。

読めば読むほど、「こりゃ確かに頭がおかしくなるわ」という文章がてんこ盛りの『さいはての島』、つまりはル=グウィンも計算したうえでこういう描写を散りばめてるんだろうなというのが雰囲気の盛り上げ方でなんとなく伝わってきます。「狂人」の章の挿絵の気持ち悪さといい、ちょっとずつ薄気味悪さを増していくストーリーといい、ぜひあらすじを把握するだけでなく、実際に読んでみて気持ち悪くなってみていただきたいですね。