なんと400万部を超えるベストセラーとなった百田尚樹さんの小説『永遠の0』。主人公健太郎は終戦から60年目の夏に戦死した祖父のことを調べていました。
卓越したゼロ戦パイロットであった祖父は、臆病者と言われる事もあれば、天才と呼ばれる事もありました。戦友たちからの様々な角度からの証言で祖父の人物像が浮かび上がり、やがて真実が明らかにされてゆきます。
・・・というのが大まかなあらすじ。
少し読んだだけで、太平洋戦争のことを知らない人にも読みやすくなるように色々親切設計が施されていることが分かります。
史実をもとにしたフィクションは、こういう配慮ができるかどうかで読みやすさがかなり変ってきてしまうあたり(とはいえ配慮しすぎると説明的すぎて興をそがれるのだが)、百田尚樹さんのストーリテラーとしての力量がうかがわれます。
『永遠の0』は読みやすくて親切
まず、艦攻とか艦爆とかという言葉はとくに女性には馴染みがないでしょう。そもそも機動部隊が敵の艦隊を攻撃する様子を頭の中で思い浮かべてみろと言われても、横山信義とか荒巻義雄とかの架空戦記小説を読んだり、『提督の決断』をプレイしたり、『坂井三郎空戦記録』を読んだりした人ならともかく(私です)、なかなか想像できませんよね。
『永遠の0』の場合は、戦争体験者の回想のなかにサラリと航空機の説明が織り交ぜられており、かなり親切なほうです。架空戦記ものだとその辺は大体「知ってるだろみんな」といった感じで説明は省かれていますから・・・。
「艦攻」というのは三人乗りの艦上攻撃機の略で主に魚雷攻撃を行う飛行機です。魚雷は何も潜水艦だけの武器ではありません。魚雷攻撃のことを「雷撃」と言うのですが、これは艦船にとって最も恐ろしい攻撃です。船の下っ腹に穴を開けられるのですから。そこから大量の水が艦内に流れ込み、艦は沈みます。不沈戦艦と言われた「大和」も「武蔵」もこれで沈められました。「艦爆」というのは二人乗りの艦上爆撃機の略で急降下爆撃を主任務とします。もちろんnこれも恐ろしい攻撃です。二千メートル以上の上空から急降下して爆弾を投下するのです。(中略)(このような役割を与えられた艦攻や艦爆を)守るために戦闘機が護衛するわけです。「艦戦」つまり艦上戦闘機というのは、敵の艦攻と艦爆から艦を守る任務と、味方の艦攻と艦爆を護衛する二つの任務のために作られた飛行機なのです。
このように、戦争体験者の回顧に偽装した説明が作品の序盤に散りばめられているので、太平洋戦争で用いられた航空機について無理なく頭にスッと入れることができる仕掛けです。
もちろん、現実には80歳を越えた戦争体験者がこんなに理路整然と喋れるはずはないですから、プロの物書きの手腕が光ります。
この他にも、証言者の声が開戦劈頭から昭和二十年夏まで、時系列順に並んでいるので、太平洋戦争の戦局がどのように展開していったのか分かるようになっています。
真珠湾攻撃で華々しい戦果をあげ、ミッドウェー海戦で大敗し、ガダルカナル島を巡る戦いで疲弊し、マリアナで壊滅的打撃を被り、フィリピン全土を巻き込んだ戦いの後は組織的戦闘が不能となり、神風特攻隊を繰り出しても敗戦は明らかとなり、そして沖縄に米軍が迫る・・・。
史実はこのようなものでしたが、主人公が聞き取り調査を進める証言者たちもこういう順番で登場します。これも現実にはあり得ない話で、最初の聞き取り調査をしたAさんはフィリピンの話をして、次のBさんはミッドウェー海戦の話で、Cさんはマリアナの話、Dさんは真珠湾攻撃の話・・・、のように聞き取りの順序は戦局の運びとは無関係にアポイントが取れた順に並ぶのが普通です。
つまり証言者がこのように並んでいるのも、史実に沿って証言が配列されることで太平洋戦争が必敗の戦いであり、そのなかで繰り出された神風特攻隊が悲劇的かつ非人道的作戦であったことを強調するためであるとしか言いようがありません。
『永遠の0』は歴史にヒントを得たフィクションですが、作者が表現したい事柄をきちんと読者に伝わるように構成されている(言い換えれば、「伝える」と「伝わる」の違いを理解したうえで構成されている)名作小説と言えるでしょう。
コメント