長大で挫折者続出間違いなしのトルストイの『戦争と平和』は文庫本で2800ページほど。文章術は現代の小説とかけ離れているので辟易します。

私も1ヶ月ほどかかってなんとかエピローグまでたどり着きました。アンドレイ公爵が死亡し、残されたピエールとナターシャが結ばれて終わり。

全編を通してトルストイは、歴史を作るものは一人の英雄ではなく、幾百万の民衆の生活にほかならないという歴史館を明らかにしてゆく。アレクサンドル一世から一従卒まで、全登場人物559人のすべてを、個性ゆたかに生き生きと描き出すことによって構成される本書は、世界文学の最高峰とよぶにふさわしい不朽の名作である。
と新潮文庫の『戦争と平和』第4巻の裏表紙に書かれています。まあとにかく長いこと長いこと。私は同時並行で読んでいた『響け! ユーフォニアム』のほうが面白かったというアレな感想が湧き上がるのを抑えることができません。

ともあれエピローグまでたどり着いても、謎の「第二部」が待ち構えています。蛇足じゃないの?

『戦争と平和』巻末の謎論文は飛ばしたい

大体80ページくらいに渡って続くこの論文はこんなふうに始まります。
歴史の対象は諸民族と人類の生活である。人類はおろか、一民族の生活をも、直接的にとらえ、言葉でつつむ、すなわち、記述することは、不可能のように思われる。
この論文にはピエールもナターシャもまったく登場しません。この1ページまえで物語は終わっています。どうしてトルストイはこんな訳のわからんものを掲載したのか。ウィキペディアによると、この部分は「総括」ということになっているようです。

総括? おいおい、何かの事件の検証報告書最終章みたいな言い方じゃないか。俺は物語を読みたいんであって総括と称する作者の主張を聞きたいんじゃないぞ。何かを主張したいんなら物語のなかで説教くさくならない範囲内でやってくれよ。

・・・そう思って私は最初と最後の数ページに一応目を通してそれで「読み終えた」ということにしてしまいました。だって、こんなの読んだって絶対に頭に入って来ませんもの。それだったら時間の無駄です。『響け! ユーフォニアム』の続きを読んだほうが有意義に決まってます。文学史上のビッグネームだからといって忖度したりありがたがったりする必要性は感じられません。誰かに「俺はこれを読んだぜ」と自慢してマウント取りたいなら別ですが。でもそんなことをしたらウザい奴認定されて次から避けられること間違いなし。

飛ばし読みもテクニックの一つ

イギリスの文豪、サマセット・モームは、たとえ名作といえども飛ばし読みすることを推奨しています。
わたくしが『戦争と平和』をとりあげるのを躊躇したのは、場所によっては退屈に思えるからである。戦争の場面があまりにもしばしば出てきて、しかもその一つひとつが微に細に入り語られていてうんざりするくらいであり、……
フリーメーソンに加わったピエールの経験は、退屈なことこの上もない。しかし、そうしたところは、とばしてよめばよい。とばしてよんでも、やはりこの小説が偉大な作品であることには少しもかわりがない。

彼は、小説とは、文学とは、あくまでも読んで楽しいものであるべきだという立場でした。
だから退屈なところは無理に読まなくていいと思っていたようです。
ゆえに、巻末の総括と称する論文もやはり飛ばし読みというか、その先は何もないのですからエピローグ第一部の最終ページにたどり着いた時点で「終わり」と見なすことは何ら問題ないでしょう。

そもそも人生において「何々を読まなければならない」というものはないのですから、自分の余暇時間には限りがあることを念頭に、つまらないものをありがたかって読むことは無意味だとここは割り切るべきだと思います。