ヴァイオリンを習う人なら、いつかどこかで通る道であるモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』、同じく第4番、第5番。コンクールでもこの3つのうちどれか一つを選んで演奏せよ、ということになりがちです。音楽系の学校の入試でも課題曲によく採用されています。
それだけ演奏者の実力を見極めるにふさわしい作品だということですね。

学習者向けの作品かというとべつにそういうことはなく、プロが弾いても全然OKな仕上がり。モーツァルトはまだこれを今で言う高校生くらいの年齢で作ってしまいました。だけではなく自分で演奏していました。私は何年練習しても第3番をヨタヨタと弾ける程度なのに、天才と凡人の差はいかばかりか。

・・・と、5番まではともかくとして、同じく第6番、第7番というのもあります。同じく優れた作品でありながら、まったくと言っていいほどコンサートのプログラムに掲載されません。
それもそのはず、今では「本当にモーツァルトが作ったのかどうかはっきりしない」ということになっており、B級感が漂ってしまっています。たしかに彼らしくない場面がところどころに聴かれるのでは仕方ないでしょう。

そうは言っても曲がりなりにも歴史の重みに耐えただけのことはあります。モーツァルトが作ったのか、そうでないのかは別問題として、これが「モーツァルトではない」ということをもってコンサートのプログラムから消されてしまうのは損失としか言いようがないでしょう。



「これが本物かどうか怪しい」のは作品だけではなく、ヴァイオリンそのものも偽物疑惑というものがつきまといます。
製作されてから数百年経過し、様々な所有者のもとを転々とするうちにラベルが貼り替えられてしまったり、偽の鑑定書が流通したり・・・。

戦前~戦後まもなくのころ活躍したヴァイオリニスト・諏訪根自子さんは日独友好の印としてゲッベルスからストラディヴァリウスを贈られています。これはナチスにしては珍しく正統な対価を支払って購入したものだとされていますが、後日そのストラディヴァリウスは偽物ではないかという疑惑が浮上したことがあります。しかし諏訪根自子さんご本人は生涯にわたり、これを本物のストラディヴァリウスだと信じていたようです(真相は不明)。

このほかにも「芸大事件」として知られ、海野義雄教授が逮捕されることになった偽物の(?)グァダニーニも、製作者グァダニーニがコロコロとヴァイオリンの作風を変えることで鑑定が難しいことが原因で真贋論争が巻き起こっていました(一応本物だということで決着したようです)。東京芸術大学が購入したグァダニーニが果たして本物なのか偽物なのか、激しい議論になったのです。

この時鑑定にあたった中澤宗幸さんは、当時のことをこう記録しています。
私は芸大の調査委員会に呼ばれ、「私の意見では」とグァダニーニとしての価値がある楽器だと思うと申し上げました。グァダニーニと知らされずにその楽器を見たとしてもひと目でコンディションのいいオールドだということはわかりました。その後も真贋論争は二転三転しましたが、最終的には本物だえるという結論になり、騒ぎは収束していきました。

(中澤宗幸『ストラディヴァリウスの真実と嘘』より)
話をモーツァルトに戻しますと、もしかすると彼の作品ではないかもしれないし、じつは定説をひっくり返すような新事実が発覚して「実はモーツァルトの作品でした。間違いありません」ということになるかもしれません。

いずれにしてもヴァイオリン協奏曲第6番、7番に限った話ではありませんが、よい作品はよい作品であり、「誰が作ったか」ではなく「どんな作品か」に重きをおいて評価をすべきでしょうね。