2022年3月26日から6月26日まで新宿のSOMPO美術館で開催されている「シダネルとマルタン展」はあまり知られていない画家に光を当てている、秀逸な展覧会でした。

印象派といえばマネとかモネとか、ついそういうビッグネームを連想してしまいがち。しかし印象「派」という時代のうねりを生んだだけにその裾野は広く、ここにシダネルとマルタンという二人の画家を私たちは知ることになりました。

たしかに鬼気迫るような大芸術の迫力こそないものの、この時代のフランス絵画特有の柔らかな光に満ち溢れたカンバスを眺めていると独特の幸福感にいざなわれ、どことなく嬉しくなったり、行ったことのない土地のはずなのになぜか懐かしさを覚えたりと、絵を見ることの喜びを満喫させてくれます。

この展覧会のプレスリリースにはこう書かれています。
19世紀末から20世紀初頭のフランスで活躍した画家、アンリ・ル・シダネルとアンリ・マルタンに焦点をあてた、国内初の展覧会です。印象派を継承しながら、新印象主義、象徴主義など同時代の表現技法を吸収して独自の画風を確立した二人は、幻想的な主題、牧歌的な風景、身近な人々やその生活の情景を、親密な情感を込めて描きました。
「最後の印象派」と言われる世代の中心的存在であった二人は、1900年に新協会(ソシエテ・ヌーヴェル)を設立、円熟期には共にフランス学士院会員に選出されるなど、当時のパリ画壇の中核にいました。
ここに書かれているように印象派の流れを汲みつつも当時の潮流であった様々な表現方法を取り入れたシダネルとマルタン。印象派のはじまりはおよそ1870年ごろとされていますから、20世紀に入り、第一次世界大戦が終わってからも印象派の作風を継続していた彼らはその時点である意味時代遅れとなっていたのかもしれません。
しかし、彼らなりに自分の描ける絵を描き続けたという意味では信念を持ち続けていたとも言えるでしょう。

佳品の多い「シダネルとマルタン展」

シダネルの「エタプル、砂地の上」は展覧会の冒頭に紹介されている一作であり、羊飼いが休息する様子を描いたもの。日が傾いて低いところから人物を柔らかく照らし出す平和な光景をじっと見ているといい休日を過ごせているという気分が溢れてきます。

マルタンの「腰掛ける少女」は、帽子をかぶった少女が晴朗な山の風景に背を向けて下を向いています。なにか考え事をしているようですね。表情から察するにどうやらネガティブな内容のようです。ただ綺麗な絵ではなく、こうした翳りも展覧会のところどころに見られます。しかしシダネルといいマルタンといい、彼らの作品に見られる翳りは重さや苦しさよりもどこかしらの儚さを残します。これがフランス絵画固有の味わいの一端でしょうか。

このようにおよそ70点あまりにのぼる作品はいずれもフランスらしい柔らかな光に包まれていて、この国を一度でも訪れたことがある人なら日本とは明らかに違う空気感を思い出すことができるでしょう。あのひやっとした朝の空気、カラッとしてまばゆいばかりの真夏の昼が過ぎて日が傾いて夕方になると、レストランのテラス席に置かれたワイングラスに光があたって、談笑を交わす私たちの気分をもり立ててくれた、あの国特有の光を・・・。

この展覧会は4箇所を除き撮影禁止でしたので写真は断念しましたが、そもそも絵画は現物を自分の目で見てこそ。私の文章では雰囲気が伝わりにくいですが、行ってみれば納得できるはず。
あまり知られていない画家だけにいまいち注目されていないようですが、それだけに静かな環境でじっくりと一枚一枚の作品に見入ることができます。まさに佳品の連続といえるこの展覧会、次に彼らの作品を鑑賞できるのはいつだろう? と想像してみると、もう「行かない」という選択肢はないはずです。