とある楽器店が主催する弦楽器の展示会。ここで私は数十台のヴァイオリンを見ました。
べつに買い替えるつもりはなかったものの、「もしかして掘り出し物があるかもしれない」「いい弓が発見できるかもしれない」という薄い期待を胸に会場へ向かいました。

結果として「自分のヴァイオリンのほうがいいや」という親バカにも似た気持ちが沸き起こってきてしまいました。これは一体・・・。


他人のヴァイオリンがうらやましいと思えなくなる

不思議なもので、昔は高そうな他人のヴァイオリンを見ているとうらやましいという気持ちになりました。
ところが70万円程度の楽器をある時購入し、これにずっと満足して弾き続けていると、謎の錯覚なのか愛着なのか・・・、どのお店でヴァイオリンを見ても
「うーん、これはスクロールの仕上がりがちょっと雑かな」
「これはなんだか全体的に卑屈な雰囲気」
「ニスがテカりすぎていて、光沢を出そうとしているのかもしれないが逆に不自然」
「精巧に作ってあるがかえって息苦しい」
「保存状態が悪いのを無理やり修理を重ねて延命させようとしているのがミエミエ」
「Label Bergonziとか書いてあるが、どうせラベルなんてアテにならねーし」
「Label Stravidariusとか書いてあるが、ぜってー嘘」
とひどい言い草です。

これが30万とか50万ならまだしも、自分の楽器よりも高い値段の100万~200万円の価格帯のヴァイオリンを見ての感想なので罰当たりも甚だしい。どうしてこんなことを思うようになってしまったのでしょうか。

他の楽器がうらやましくなくなる心理とは

いろんなお店を納得ゆくまで見て回ってようやく巡り会えたヴァイオリンなだけに愛着もひとしお。購入まで数十台のヴァイオリンを実際に手にとって確かめました。
そのなかで「!」と思えたとびきりの楽器ですから、それだけ工芸品としても抜きん出た作品だったということでしょう。であれば他の楽器がつまらなく見えてしまうのも当然でしょうね。

さらなる理由としては、これはもう親ばかとしか言いようがないでしょう。毎日「なんて素晴らしい楽器なんだ!」と陶酔しながら弾いていると他の楽器なんて目に入らないでしょう。
仮に私がガダニーニとかガリアーノとか銘器を手に入れたとしてもその能力を引き出すことはできません。つまり私には今のヴァイオリンが生涯の伴侶となりそうです。要するに心の底からそう思えるような楽器を見つけ出したからこその心理です。

他の楽器がうらやましいと思えなくなる=もう一生これでいいと思うためには、やはり「究極の楽器を絶対に探し出す!」という固い決意があり、実際にそういうものと巡り会えたという体験が必須のようです。


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