中学を卒業して高校に進んだら、昔の同級生と全く会わなくなった。これってよくある話です。
中学に限った話ではなく高校を卒業したら高校の同級生と会わなくなります。
大学を卒業したらやっぱり同級生とは会わなくなります。
さらに言うなら就職して同僚と仲良くなっても転職したら元同僚とは会わなくなります。

そうやってくっついたり離れたりを繰り返すのが人間関係。人と人の関係性なんて案外薄いものです。

中学までは義務教育で同じ地区の子供が一緒に集められており、勉強のできる奴からワルまでバラエティ豊かで面白いものですが、高校からは学力別に進む道が違うので卒業後に「あの時は楽しかった」となりがち。でもそれは後から繰り返すことができないもの。人生は「いま」しかないのです。

アニメ化もされた人気小説『響け! ユーフォニアム』の第2巻ではヒロイン黄前久美子が同じ吹奏楽部の高坂麗奈と花火大会を観に行く場面があります。
ここではやはり中学のときの同級生とだんだん会わなくなったことが描かれています。

花火の光に照らされながら、久美子は麗奈と過ごすこの時間が過去になってしまうことが怖いと感じます。よほど大切な「時間」を過ごしているようですね。

こんなに大好きな友達ともいつかは離れ離れになってしまって、ほとんど会わなくなってしまうのだろうか。とくに理由なんてものはなく、ただ当たり前みたいな顔をして、友達から知り合いへと移り変わってしまうのだろうか。それが大人になるということなのか。
久美子は知っている。友情は永遠ではないことを。中学時代に毎日顔を合わせていた友達も、すぐに疎遠になってしまった。いまというこの瞬間を容器に詰め込んで、冷凍保存できればいいのに。そうすれば、こんなふうに怖がることなんてなくなるのに。

・・・ふう。深い情緒をこれだけの短い文章に封じ込めてしまうなんて、小説家って素敵ですね。作者の武田綾乃さんはこのときまだ大学生。なのにこんなにも巧みに言葉を操ってみずみずしい感性を表現しています。それに引き換え私は・・・。

それはさておき、私がこのページに感銘を受けてわざわざブログ記事にまでしたということは、それだけ「中学時代に毎日顔を合わせていた友達も、すぐに疎遠になってしまった」ことが「よくあること」の何よりの証拠と言えるでしょう。


「その時」は二度と戻ってこない

つまりは、「いまというこの瞬間」というのは本当に「いま」しかないのです。
やり直しがきく人生なら無限に生きているも同じですから、「この一年で東大目指して頑張ろう」という気持ちにもならないでしょうし、そもそも成功するまで何度でもトライできるので努力の大切さを実感することもなければ、もう二度と会えないかもしれないという「切なさ」といった情緒も育まれるはずもなく、「人間らしさ」を支えている諸々の感性が雲散霧消してしまうでしょう。

そう、「その時」は二度と戻ってこないという厳然たる事実が「生きている」ことの証なのです。

そうした制約があるなかで自分なりに進むべき道を決めて、歩いて行く。人は全員、自己都合で生活しているのですから、道が交わったり、遠ざかったりしてゆくのはごく当然のこと。中学の同級生と卒業後は全く会わないのは悪いことでもなんでもなく、朝になったり夜になったりするのと同じくらい当たり前なのでした。

このことを別に残念がる必要はありません。なぜって、高校でまた人間関係が出来上がりますし、大学でもまた人脈が広がり、社会人になったらなったで携帯の連絡先が増えて、「人間関係イラネ!」の境地に達するのですから。

たぶんこの記事をお読みの方は中学~高校生くらいでしょうか。いや、私もそれくらいの年齢からやり直してみたいですよ・・・。