ロシアのプーチン大統領は22日、ウクライナ東部の親ロシア派組織が名乗る「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認し、これらの地域の平和維持のために軍の部隊を派遣するようロシア国防省に指示した。ウクライナ南部クリミア半島に続いてロシア軍が駐留することで、ウクライナ政府や欧米への圧力を強めることになる。

(「ウクライナ東部にロシア軍派遣へ プーチン氏指示、「平和維持」名目」朝日新聞2022年2月22日配信記事より)

戦争は往々にして「平和のため」に始まるものです。
第二次世界大戦末期、日ソ中立条約を破棄して満州になだれ込んできたソ連軍。
スターリンの言い分はこうでした。

「最後の枢軸国である日本を攻撃することが人類の平和のためであり、この攻勢はアメリカやイギリスからも信頼されてやっていることだ」。

同じことをヒトラーも言っていました。

1939年9月1日早朝ドイツ軍がポーランドの国境を越えて進攻を開始。
同日午前10時にヒトラーは国会を招集して「ポーランドは昨夜我が国を正規軍で攻撃してきたため、反撃を余儀なくされた」と宣言。ポーランドのせいだから正当防衛だ、「平和のための攻撃だ」というただのプロパガンダでした。

その後ドイツはデンマークやノルウェー、オランダを占領します。「イギリスなど連合軍の足がかりにされるかもしれないので、保護しなければならない」。概ねこのような見解でした。とんでもない良いい草です。

イラク戦争も「大量破壊兵器を隠し持っている可能性がある。これは平和を脅かすので、フセイン政権は打倒されなければならない」という考え方で始まりました。

このように、「平和のため」が喧伝されたときは戦争が迫っている証と見るのは的外れではないでしょう。あからさまに「これこれを獲得したいので、武力行使します」なんて言う国家指導者なんていませんからね。

司馬遼太郎は『坂の上の雲』で次のように述べています。
1945年8月8日、ソ連は日本との不可侵条約をふみにじって満州へ大軍を殺到させた。条約履行という点においてソ連はロシア的体質とでもいいたくなるほどに平然とやぶる。しかしかといってここまで容赦会釈ないやぶり方というものは、やはり相手がアジア人の国であるということにおいて倫理的良心をわずかにしか感じずにすむというところがあるのではないか。
いずれにせよ、日露戦争開戦前におけるロシアの態度は外交というにはあまりにもむごすぎるものであり、これについてはロシアの蔵相ウィッテもその回想録でみとめている。

私の子供のころ、実家の隣にも片足がなく、義足を使っているおじいさんが暮らしていました。
なぜかというと・・・、シベリア抑留でした。私のロシア(ソ連)への不信感はそのころから始まっています。のちにキッシンジャーが「ロシア人は、見た目は白人だが中身はジンギス=ハンのように獰猛である」と指摘しているのを知り、大いに納得しました。

2022年、ウクライナをめぐるロシアの動きを見ているとやはり「国の体質」というのは昔から変わらないものだということがうかがい知れます。日露戦争のころも、第二次世界大戦当時も、そして現代も。おそらく22世紀になっても似たようなことが起こっていることでしょうし、だからこそ「歴史は繰り返す」のでしょう。

私はロシアを訪問したことは一度もありません。ただ20年近く前、アエロフロートを使ってモスクワ経由でパリに行ったことがあります。帰り道はロンドンからやはりモスクワ経由で成田でしたが、あの暗い雰囲気、空港スタッフの居丈高な振る舞い、印象は最悪で二度と訪れたいとは思いません。(ついでに言うとパリでロストバゲージした。糞アエロフロートも二度と使わない。)

1,2年ほど前はウラジオストックなら近いから行ってみても良いかなと思ったときもありましたが、最近のロシアの様子を見ているとこの国は世界を不安定にする迷惑国家だとしか感じられず、ただただ嫌悪感ばかりが募ります。



ロシアにはぜったいに行かないよ!!