絶対音感。この能力を持っていない人が憧れる言葉です。
これがあると音の高さがわかったり、サイレンの音もドレミで理解したり、飛行機や潜水艦のエンジン音で「あ、これはB-25だ」などと爆撃機を特定できたり、さらには楽譜を見ただけで音楽を頭の中で再生できたり、曲を一発で覚えたり・・・。絶対音感と言ってもその能力の高低には幅がありますが音楽を志すなら持っていないより持っているほうが絶対に有利であることは間違いないでしょう。

ベートーヴェンが聴覚に障害を抱えてからも作曲家として成功できたのも、モーツァルトが秘曲「ミゼレーレ」をすぐに覚えてしまったのも絶対音感という能力があったから。

ヴァイオリンを弾くためにも、絶対音感があったほうが有利・・・、いやないと無理・・・。
そう思っている方もいるかもしれませんが、実際にはなくてもプロになれるようです。


私のヴァイオリンの先生との会話より。別に絶対音感がなくてもヴァイオリンの音楽は成立する

あるとき、「絶対音感があると、たしかに音の高さがわかるし、自分が音を外したときに"あ、しまった"とすぐに気づくことができるだろう。でも、外したあとで間違いに気づいても手遅れであって、そもそも外すことなく音程を正しく取ることが大事だ。しかしそれは腕や指の筋肉がどう動くかであって、音を出す前の話だから、音を出した後で役立つ絶対音感は意味がないんじゃないか?」と疑問を投げかけてみました。

先生の答えは明快でした。
「私が高校のときに習っていた先生はN響の第1ヴァイオリン奏者でしたが、絶対音感がありませんでした。むしろ相対音感のほうが役に立ちます」。

相対音感は1つの音に対して、別の音がどれくらい離れているかを嗅ぎ分ける能力のこと。
というか、これはアンサンブルを行う上で必須のものになります。
実はその時のレッスンで演奏した曲がバッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」の第2楽章。
2つのヴァイオリンがお互いに旋律線を絡め合いながら織物のように音楽を作り上げていきます。

この曲がまさに典型例ながら、相対音感があるからこそ、私の「ド」と先生の「ファ」が溶け合っているかどうかがわかりますし、どれくらい溶け合っているか、または離れているかといった距離感の加減をどう調整していくかで、冷たい感じになったり温かみがでてきたり、平和な感じになったり不穏な雰囲気になったりします。

逆にアメリカのトランプ大統領みたいに「お前ら俺に(勝手に)付いてこい」みたいな人だとアンサンブルが成立せず、音の雰囲気もちぐはぐになってしまって作品が台無しに・・・。
協奏曲のようにオーケストラをバックに華麗な技巧を見せびらかすものもありますが、やはりヴァイオリン一台でできることには限りがあり、オーケストラの支えが必要になりますから、そこでもオーケストラとどう応えあっていくかを考えるうえで相対音感の出番になります。

うーん、たしかに絶対音感があっても指揮者のロリン・マゼールのようにアメリカのオーケストラの音程で音感が固定されてしまい、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するときにピッチが高いの低いので衝突してしまったというエピソードもありますから、「音程が高いか低いか」ではなく「作品としてどういう音色や響あいがふさわしいか」を感じ取る基礎となる相対音感のほうが重要なのでしょうね・・・。