ロンドンやNYのオークションで10億円を超える価格で落札されることもある、ヴァイオリンの銘器ストラデヴァリウス。ヴァイオリニストだけではなくディーラーやコレクターなど、様々な思惑を持った人たちが手に入れようとしているにもかかわらず、その数には当然限りがありますから、相場が年々上昇しています。

50年前なら自宅を売り払えばなんとか個人で所有も可能でしたが、億を超えてくるとそれは不可能。
結果的に公益財団法人とか企業とかが所有しているストラデヴァリウスを貸与して使わせていただくということになります。当然、ストラデヴァリウスを演奏できるのは一流のプロに限られます。

「自分はアマチュアだけど、ストラデヴァリウスを弾いてみたい!」
そういう願望をお持ちの方もいるでしょう。

実際にそれを実行してみた方がいます。その音色は・・・。

アマチュアがストラデヴァリウスを弾くとどうなるの??

音楽プロデューサーで、ケンウッドの元代表取締役である中野雄さん。
幅広い人脈で知られ、多くの指揮者やピアニストなどと交友があります。
ご自身でもヴァイオリンをたしなみ、大学時代にはオーケストラのコンマスを務めていました。

ウィーンに滞在中のある日、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の元楽団長、ヒューブナー氏の訪問をザッハーホテルにて受けます。彼の知り合いが売却を希望しているストラデヴァリウスの買い手を見つけるためでした。当時はバブル経済が終焉を迎え、日本経済に翳りが見えてきていました。それでも「日本人なら買ってくれる人がいるのでは」と期待していたのでしょうね。

中野さんは持ち込まれたストラデヴァリウスをホテルの一室で試奏し始めると、一緒にいた人(大野芳さんという作家)が「買い物に行く」といって部屋を出ていきました。
その後でストラデヴァリウスをヒューブナー氏が弾き始めると、ドアをノックする音が。大野さんが「部屋の番号を忘れてウロウロしていると、ヴァイオリンの音が聞こえたのでこの部屋だと分かったのでノックしました」。

その前に中野さんが演奏していたと告げると、「何も聴こえませんでした」。

中野さんは著作にこう書いています。
私はがっかりした。「愕然とした」と言った方が正しいかもしれない。同じ楽器を弾いても、素人が弾けば、たとえそれがストラデヴァリウスのような銘器であっても、ホテルの部屋の外には聴こえない。ヒューブナーのような名手が引けば、一流ホテルの厚いドアを貫徹して、音は廊下まで響く。

ヒューブナー氏に代わって改めて中野さんがストラデヴァリウスを弾き始めると、大野さんは「同じ楽器と弓なのに、どうしてこんなに音が違うんですか」。

・・・。


・・・。

結局、弾くのは自分

このエピソードから分かるのは、いかに高級なヴァイオリンを所有できたとしても、その実力をいかに引き出すかは自分次第だということです。
たとえストラデヴァリウスやグァルネリであっても幼い頃から専門教育を受けていないような並の奏者の手に渡れば、その魅力は発揮されません。猫に小判とはよく言ったものです。反対に、数十万円程度のヴァイオリンであっても一流奏者が演奏すれば赤の他人をも唸らせる素晴らしい音楽が流れ出るでしょう。

この記事をお読みの方は、きっと私と同様にヴァイオリンを弾こうとしてほとんど成果に結びつかない方でしょう。私が使っているヴァイオリンは70万円、弓は40万円ほどですが、これ以上のものを求めてもおそらくあまり意味はないでしょうし、ストラデヴァリウスとまでは行かなくてもガダニーニとかプレッセンダ、ロッカを手に入れたところで宝の持ち腐れになるでしょう。結局、自分の実力以上のものは出てこないのです・・・。

どうしてもストラデヴァリウスやグァルネリを弾いてみたい! きっと素晴らしい音色が出てくるに違いない! とお思いの方は、例年秋に九段下で開催されている国際的な弦楽器の合同展示会「弦楽器フェア」に足を運ばれるとよいでしょう。私はそこでグァルネリが展示されているのを目の当たりにしました。「試しに弾いてみますか?」と店員さんに言われましたが、隣で子どもがバッハの無伴奏をスラスラと弾いている光景を目の当たりにして、やめておきました。


参考図書: