このブログは「友だちいない研究所」といいます。タイトルどおり私には友だちがいません。
昔からそうでした。大学時代はグループワークをやれと言われて一人でグループを結成したことがあるくらいです。一人でピューロランドに行ったこともあります。一人でヒトラーの別荘に行ったことも。もうこうなると一人でいることがむしろ当たり前で、人と接することに逆に不幸を感じるようになります。


こんな私ですから、成人式には当然出席しませんでした。何の後悔もありません。

成人式に出ないことで自分の時間を確保

私の地元は岡山で、大学が東京だったので当然一人暮らしです。
とはいえ住民票を移したわけではないので成人式の招待状は地元の市役所から実家に送られてきます。

が、1月上旬に岡山に戻る気はさらさらなく、成人式に出ないことにしました。というか、もともと出るつもりがありませんでした。

私が成人式に出なかった理由は次の通りです。

1.試験が目前だ
大学の期末試験が1月中旬から始まります。ということは目の前ですね。私は英文学を勉強したくて大学に進学し、やりたいことが学べていたので試験に集中するのはまったく当然のことだと考えていました。

2.金がかかる
東京~岡山は新幹線なら3万円かかります。アルバイト35時間分に匹敵します。
ということはそれだけの労力に見合うだけの満足感を得られなければ、帰省は損ということになります。果たして成人式というのはそこまで魅力的なイベントでしょうか?

3.時間がかかる
東京の自宅~岡山までドアツードアで5時間ほど。往復10時間。そこまでして成人式に行ってみたいのでしょうか?

4.友だちいない
決定的理由でした。女性なら振袖を着て写真撮影という大きなイベントがありますが、男性の場合そもそも成人式に出席する理由のほとんどは「同級生と会って酒が飲めるから」でしょう。
しかし会いたい同級生が存在しない以上、成人式に行ってもポツンと一人で座っているだけで、式典が終われば黙って帰宅するだけ。何か意味があるのでしょうか? (後年、大学の卒業式ではまさに「ポツンと一人で座っているだけ、終われば黙って帰宅」状態でした。)

他方で、成人式に出ないことで実感できたメリットもありました。
自分の時間を確保できたこと
です。

陰キャとかぼっちと言われる人は往々にしてそもそも人付き合いを快く思っていません。
そういう人は自分のやりたいことを追究しているときに何よりの幸福を感じるもので、成人式のような人付き合いはお金、時間、体力といったリソースを割かれるのでそういうものと関わることに不幸を感じます。普通の人と考え方が逆転しているのです。

コロナの影響で「人と会えなくて精神が不安定になった」という話を聞きますが、ぼっちな私にしてみれば「都市伝説じゃないの?」と思ってしまいます。だって、人と会わなければ逆にエネルギーが満ち足りてくるのですから・・・。

人付き合いをカットして、浮いた時間で自分のやりたいことに取り組む。これが私にとっての幸せ。この原則は成人式といえども変わりません。

というわけで私は成人式は欠席。出席しておけば良かったと思ったことは1日もありません。自分の決定に100%満足しています。

そもそも成人式とは必ず出席しなければならないというものではありません。
みんなが出ているから、私も出る。みんなが出ないから、私も出ない。そういう「右に倣え」で良いのでしょうか。友だちいない最大のメリットは、周りの目を気にしないで自分でユニークだと思えることを実践できることです。逆にこれを活かせず、「周りはこうなのになぜ自分だけが」と思っているとデメリットしかないでしょう。

成人式に出るか出ないかを自分で判断すること。これも自立した大人への第一歩なのでしょうね、きっと。