このブログは「友だちいない研究所」と言います。管理人である私には友だちがいないので、そういう名前を付けました。で、いかに自分に友だちがいないか、いかに根暗で陰キャなことを考えているかを書き連ねるのがこのブログの目的です。暗いですね。

そんな陰キャな私は、2022年のお正月はどこにも行きませんでした。行く気が起きませんでした。でも結果的にそんな時間の使い方こそむしろ素晴らしいと気づきました。陰キャで良かった! 友だちいなくて良かった!!


陰キャの正月はとても快適である






2018年時点の調査では年賀葉書一人あたり平均枚数は19.0枚とされています。ということは、届いた年賀状1枚というのは底辺中の底辺と言えるでしょう。さすが、「友だちいない研究所」を名乗るだけのことはありますね!

さて私は正月は一体何をしていたのか? というと、ヴァイオリンの練習とジョギング、読書、音楽鑑賞、ワインを飲む・・・、ただそれだけです。

朝。起床。2時間ほどヴァイオリンの練習。その後小一時間ほどジョギング。帰宅後、昼食。シャワーの後、少し昼寝。起きて読書。また夕方に2時間ほどヴァイオリンの練習。その後夕食(コンビニ食)。夜、音楽鑑賞(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートなど)。ブログ記事作成、衛生管理者の勉強の後、ワインを飲んで寝る。これの繰り返しです。

誰も私に話しかけてこない(一人暮らしだから当然だが)ので、人に時間を奪われることはありません。ヴァイオリンの練習はやりたい放題。ブログには勝手なことを書き放題。

私のブログ記事では何度か書きましたが、「やりたいことがある人」にとっては、こういう時間の使い方が一番生産性が高いのです。

もし仮に都心に出かけてなにか用事を済ますということだったら、どうなっていたでしょう。
多摩地方に暮らす私は、新宿に出るまで片道1時間ほどかかります。で、帰り道も1時間かかります。
ということは2時間を「移動」に費やしたことになりますね。

でも考えてみてください。「移動」それ自体は、価値を生まないのです。ばかりか、体力を削られ、「時間」という、ひとたび失われると二度と取り戻せないものを失ってしまうのです。
単純計算で、2時間というのは私のジョギングペースなら20km走れるだけの価値を生み出します。映画なら1本鑑賞可能です。

無論、「新宿で福袋を買う」「〇〇神社で初詣」など興味のある行動をするために移動するというのはまったく問題ありません。しかし、「行動したことによって得られる満足感」と「往復2時間」を天秤にかけた時、「満足感」のほうが軽いのであれば「やらないほうがまし」ということになるでしょう。

だからこそ私は正月はどこにも行かないことにしたのです。福袋? 単品なら絶対に買わないようなものが入ってるから結局損だな。初詣? 願望成就に日付は関係ないだろう。そもそも人間嫌いで人混みを憎んでいる私が混雑している場所に行ったらイライラして心の平和を自己破壊するだけだ。

このように考え、私は正月はヴァイオリンとジョギングに徹することにしました。結果、いつもの土日と全く変わらない過ごし方でした。

それでいいのか? と思うかもしれません。私はそれで良かったのです。そもそも「正月」というのも人間が勝手に作り出したもので、1年のうち特定の日にちを特殊な名前で区切っているだけのことです。太陽が東から昇り、西へ沈む、冬だから寒い、1日は24時間であるという科学的事実は他の日々と何一つ変わることがありません。であれば「正月」というネーミングだからといって特別扱いする必然性はないのです。

結果として私は自分が大事だと思うことに集中的に時間を投下。
もし自分が真に叶えたいと思う願いがあるのなら、神社で祈るのではなく「できるまで淡々と続ける」しかありません。

そう考えると、「人と連れ立って神社に行く陽キャ」「黙々と頑張る陰キャ」の違いは際立っていますね。
どっちを選ぶかは、あなた次第・・・。