京都アニメーションの作品のなかでも評価の高い『響け! ユーフォニアム』の劇場版『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~ 』が配信でも見られるようになりました。

早速見てみると、高坂麗奈が私の心になぜかピタリとハマるようなことを言っていて、多分他の人はだれも共感しないだろうというところで勝手にニヤリとしてしまいました。

その台詞とは・・・。

黄前久美子が作品冒頭、2年生に進級し、同じクラスに友だちがいるかどうか心配している様子が描写されます。「友だちいるかなーって、毎年思うし」。

高坂麗奈はこれに対して「いなくても別にいいでしょ。一人で過ごせばいいんだし」。黄前久美子は「なんだか麗奈っぽい」と応答します。たしかに特別になりたいと願ってトランペットを吹いている彼女のクールで孤高な一面がよく表れていますね。友だちがいなくても大丈夫な性格なのでしょうね。

人気YouTuber・メンタリストのDaigoさんは、友だちがいないほうが幸せになれる人もいるとブログで明かしています。
友達が多いと不幸になる人がいます。
それは頭がいい人です。
頭がいい人は孤独な方が幸せになれるということです。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスがおよそ15000人の参加者を対象に長期にわたって研究を行っています。
結果、知能が高い人に限っては友達が少なくて孤独な方が幸せに生きることができるということが分かっています。

普通の人とは違った追求型の目標を持つ人は知性が高い人が多いものです。
このような人たちはより大きな人生の目的を達成することを目標に持っているので、ただ友達と遊んだりコミュニケーションを取っているというだけではそこから幸せを感じられなくなるわけです。
それどころか、人間関係も面倒に感じてしまいます。友達が多すぎると人間関係を維持することに自分が人生の目的を達成するための大切な時間やリソースを阻害される可能性があります。ですから、自分の目標を追求しても人間関係が壊れないような良い友達、もしくは本当に厳選された頻繁に会わなくてもいいような友達以外は基本的には邪魔になってしまうということです。
(以上、https://daigoblog.jp/intelligence-friends/より)

DaiGoさんはイギリスの大学によって実施された大規模な調査を根拠として、このようにブログに書いています。この手の性格は「ソリタリー」と呼ばれます(大雑把に言うとベートーヴェンとかスナフキンとか小泉純一郎みたいな行動パターンになりがち)。

進学クラスに所属しており、トランペットの演奏技術に磨きをかけることに余念がない彼女もまた、この傾向が感じられます。

高坂麗奈、しかし人間的な一面をのぞかせる

では彼女が常に孤高か、というとどうやらそうでもないようです。将来の目標はプロのトランペット奏者になることだと『誓いのフィナーレ』で明かします。自分の音を誰かに伝えたいんですね。

国際的に活躍するピアニスト・内田光子さんはある知人にこう語ったそうです。
「演奏とは、聴き手の時間の“質”を変える行為。その時の記憶が終生あなたの脳裏から消えないなら、私はあなたの人生の“何か”を変えたことになるのです」。

聴き手の時間を変えうるかどうかは、技巧だけではなく奏者が心の中に持つメッセージの強さいかんにかかっています。そうした素晴らしい演奏をするのはプロでも至難の業ですが、こういう立場を目指すというのはクールな口調であっても固い決意がにじみます。

・・・、そうか、彼女もまた人間なのか。私は「プロになりたい」という発言の場面を見てそう思わざるを得ませんでした。
人間は誰しも自分の言葉を聞いてもらいたい、自分の存在を受け止めてもらいたいという願望を心のどこかに秘めているものです。
たとえ私のように「友だちいない」をブログの看板に掲げるような者であっても、その「誰か」を求めてやまないものです。
2020年~2021年の新型コロナウイルス感染症により、人と会うことに、まさに21世紀のベルリンの壁といってもいい障壁が張り巡らされた結果、そのことを図らずも痛感した方も多かったはずです。

「誰か」がどこにいて、どこで巡り会えるのか。それは事前には分かるはずもなく、だからこそ人はだれもがボイジャー号のようなものでしょう。未知の生命体との邂逅を期待して、人類からのメッセージを託され、広大無辺な宇宙を孤独に進み続ける、あのボイジャー号です。

高坂麗奈も「一人で過ごせばいい」と言いつつも、音楽で誰かに「自分」を伝えたいという願望を持った一人の人間なのだ・・・、『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~ 』の話の本筋とは無関係にも、そういう感慨に浸りました。