「一回くらいクラシックのコンサートに行こうと思って足を運んだが、つまらなかった」

「オーケストラのコンサートを聴きに行ったものの、途中で寝てしまった」

という感想はありがちです。とくに、曲をよく知らないでいきなりコンサートに出かけるとこういうパターンに陥ってしまいやすいです。途中で寝たというくらいですから、同じ2時間を過ごすのであれば映画を見ていたほうがきっと満足度は高かったでしょうね。

こういう「つまらなさ」は2種類に大別されます。

1つは、自分のせい。本当はベートーヴェンとかシューベルトのことを何も知らないのに(べつに興味もないのに)コンサートに足を運んでも面白いとは感じられないでしょう。私もプロレスの試合を見たものの、途中で居眠りしたことがあります。試合そのものよりも、会場の後楽園ホールの階段の落書きのほうが面白かったです。これは完全に自分の準備不足なので自業自得としか言いようがありません。

しかし、(こういうことを書く人も少ないので)あまり知られていないのですが、もう一つオーケストラのせいだというのもあるでしょう。「ある」と断言することにためらいがあるものの、これが理由であることは25年以上クラシックを聴いてきた私からすれば体感的に真実だと言えます。

オーケストラのコンサートは、つまらないのです。
いえ、つまらないものもあるのです。
一体どういうことかというと・・・。

オーケストラのコンサートといっても色々ある

東京にはNHK交響楽団をはじめとして東京交響楽団とか東京都交響楽団とか東京フィルハーモニー交響楽団とか東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とか、日本フィルハーモニー交響楽団とか新日本フィルハーモニー交響楽団とか、似たような名前のオーケストラがいくつもあります。

これらのオーケストラが行う公演のうち、最も力が入るのが定期演奏会と呼ばれるものです。
これは、

オーケストラが定期的に特定のホールで開催する自主企画する演奏会を「定期演奏会」といいます。プロのオーケストラの場合は毎月1回程度行うことが多いが、また人気のあるオーケストラだとAプログラム、Bプログラム、Cプログラムのように複数回の定期演奏会や、演奏会場ごとに別の定期演奏会を持つこともあります。

 定期演奏会はそのオーケストラの芸術部門を統括する、音楽監督や常任指揮者によってプログラミングが決められます。音楽監督や常任指揮者が半分以上の回数の指揮を行いますが、それ以外は契約している客員指揮者やゲストとして別の指揮者が招聘されます。

 プログラミングについては、定期演奏会ではオーケストラの芸術性の追究といった面が強く、大曲、難曲やなじみの作曲家の作品の中でも比較的演奏される機会が少ない楽曲が選ばれる傾向にあります。

(http://tuhan-shop.net/classic/kikou/ki-kisotishiki-teikiensoukaito.htmlより)
この定期演奏会では、チケットは原則として定期会員に事前予約制により優先的に販売され(英語で定期演奏会はSubscription Concertというのはこのためです)、余った座席をチケットぴあやe+が販売したり、当日券として売られることになります。
定期演奏会の実施は指揮者とオーケストラに委ねられ、いま、なぜこの曲を採り上げたのか、なぜこのソリストを起用したのかなど、すべてにおいて必然性を伴ったものであり、自然と演奏する側にも力が入ります。TVカメラが入ったり、レコーディングが行われたり、新聞や雑誌で批評が掲載されるのもこういう定期演奏会であることが多いです。

なお、プロオーケストラの定期演奏会では、アンコールが行われることは通常ありえません(個人的にも、アンコールにリソースを注ぐくらいならプログラムに掲載した曲の完成度を上げてほしいです)。

この他には特別演奏会というものがあります。年末になるとやたらと演奏されるベートーヴェンの『第九』がこのパターンです。

これらの演奏会は、プロならではの力のこもったもの。音楽家集団の力を思い知るでしょう。
しかしこのほかにもう一つ微妙なのがありまして・・・。


弛緩しがちな「名曲コンサート」

サントリーホールとかオーチャードホールのような有名なホールではなく、「〇〇市民会館」のようなコンサート専門ではない会場で開かれる、「〇〇市文化事業団」のようなところが主催してチケット代に補助を出していることがなんとなく察せられるようなコンサートも世の中にはあります。

この手のコンサートは「何々名曲コンサート」「親子のなんちゃらコンサート」のように、どことなくフワッとしたタイトルが付けられています。こういうコンサートでは、安いチケット代で注目の若手ソリストの演奏が聴けることもあるのはありがたいのですが、以下のような現象が起こりがちです。(カッコ内は私の主観です。)

オーケストラのメンバーに、定期演奏会では見かけない若い顔ぶれが明らかに目立つ。
(専任の団員の代わりに、エキストラなどでまかなっている可能性あり。こうなると本当に「東京〇〇管弦楽団」と名乗って良いのか微妙です。)

曲目は、『新世界より』とか『未完成』とか『展覧会の絵』みたいに、手垢のついた(失礼!)ものであることが大半。(プロなら何度でも演奏ずみで、すぐ仕上げられる有名曲にしておく。プロコフィエフとかシェーンベルクのような曲を採用すると客足が遠のく)

お客さんも、正直「年金で生活していてヒマです」(けっこうなご身分だな)、「子供にこれを聴かせたら教育にいいんじゃないかしら」(大半の子供は興味を持たない)みたいな層が多い。(ほとんどのお客は、演奏の良し悪しが判別できない。判断基準をそもそも持っていない。)

こういう条件が重なると、この手のコンサートでは「なんだかカルチャーなもの」を超える、打ちのめされるような音楽が生まれる可能性は極めて低くなるでしょう。個人的経験から言えばベートーヴェンの『運命』を定期演奏会で耳にしたときのようなヒリヒリするような緊張感を、「〇〇名曲コンサート」で同じ曲が演奏された時に味わったことは一度もありません。

もしオーケストラの演奏会がつまらないと感じたとしたら、そもそも「そういう演奏会」に足を運んでしまっていた可能性があります。

音楽は、エンターテイメントではなく、作曲家のメッセージを伝えようとする芸術であると考えるなら、そういうものが生み出される可能性が高い場所を選んで足を運ぶのも、また大切なことではないでしょうか。