須賀しのぶさんの小説『革命前夜』は冷戦末期の東ドイツ・ドレスデンが舞台となっています。
この街の有名なオーケストラといえばドレスデン・シュターツカペレであり、作中でもしばしば言及されています。

たしかに冷戦時代は、東ドイツやソ連はその経済規模から見れば不釣り合いなほど文化やスポーツに力を注いでいました。
ショパン・コンクールやオリンピックのような場でアメリカや西ドイツよりも優れた実績をあげて、「社会主義は、経済や軍事力だけでなく、文化・スポーツでも資本主義を圧倒している!」というプロパガンダに利用していたのがミエミエですが、それでも採算性というものを度外視していたので冷戦時代の東側諸国のオーケストラはリハーサルはやり放題、指揮者の命令が全てに優先という、ブラック企業そのものでしたが、それゆえにこそ到達した演奏水準というものがありました。

ソ連ならエフゲニー・ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルハーモニーのコンビが有名であり、1970年代の来日公演に示したベートーヴェンやチャイコフスキー、ワーグナーは今なお語り継がれる名演奏となっています。

さてドレスデン・シュターツカペレはどうでしょうか。
このオーケストラと共に歩んできた名指揮者、クルト・ザンデルリングとともに1970年代に録音したブラームスの交響曲全集が素晴らしい出来栄えであり、今なお廃盤になることなく50年近く現役盤としてカタログに掲載されつづけ、たとえば『レコード芸術』のようなクラシック専門誌で「交響曲の名盤」のような特集が組まれたときもブラームスの交響曲のCDが論じられる際にクライバー、ベームといった20世紀を代表する指揮者の録音と並んで推薦されることがあります。

「総檜造り」と形容された渋い造形美と温もりを感じさせる肌合い。 昨年の引退をはさんで、その風格と渋味を湛えた音楽がますます熱狂的に支持されるようになった巨匠、ザンデルリング。ドレスデン・シュターツカペレを指揮したブラームス全集は、もはや望んでも得られない貴重な記録で、その渋い造形美と温もりを感じさせる肌合いは「総檜造りのような音」と形容されました。
これは、2021年現在、日本の発売元であるコロムビアミュージックエンタテイメントの紹介文であり、ザンデルリングの音づくりを的確にとらえたものです。

実際に録音を聴いてみると、晩秋のドイツを思わせるような悲哀と重さのなかに儚さすら感じさせる、重厚さと軽やかさが不思議に同居した稀有な演奏だということがおわかりいただけるでしょう。
良くも悪くも国際化に背を向けた国なだけに、ドイツらしい造形がタイムカプセルのように20世紀後半まで保存されたわけです。残念なことに、21世紀になると世界中のオーケストラが似たような音色に近づいてゆき、「この街のカラー」が演奏中にはっきりと感じられることはどんどん少なくなりつつあります。



知っている人は知っているのですが、クラシックのCDというのはじつはとても安いものです。
新録音なら3,000円ですが、過去の再発売盤(廉価盤というやつですね)なら1,000円前後で買えてしまいます。このザンデルリングが指揮したブラームスの『交響曲第4番』も定価で1,200円ほど。だからといって内容が劣るわけではありません。本やCDって、値段とクオリティが比例しない不思議な商品ですね。2,000円もしたのに退屈な小説もあれば、400円あれば買えてしまう夏目漱石の『こころ』のように世代を超えて読みつがれる小説もあるくらいですから・・・。

さらに! 定価で1,200円ということは、ブックオフに行けば500円くらいで手に入るということなのです。こんな素晴らしい演奏が500円なんて、なんだかザンデルリングに失礼じゃないか? と思うかもしれませんが、『革命前夜』に感銘を受けた方ならここで500円をケチるのは一生の損失といっても過言ではないでしょう。

ちなみに、名指揮者であればあるほど、同じ曲を何度も、時にはオーケストラを変えて録音していることがよくあります。さらには、セッション録音ではなく、ライブ録音というものもありまして、文字通り本当のコンサート会場でお客さんが聴いているのと同時並行で録音し、ラジオやTVで後日放送したりCDで発売したり、というものです。

このため、注目している指揮者のブラームスの『交響曲第4番』のCDを買ってきたが、家に帰ってジャケットをよく見たらオーケストラが「ドレスデン・シュターツカペレ」ではなく「ベルリン交響楽団」だった、「ロンドン交響楽団」だと思っていたら「ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団」だった、「東京都交響楽団」だと思っていたら「東京交響楽団」だった、ということがありえますのでご注意ください。