遠藤周作さんの代表作『沈黙』は昭和41年刊行されました。彼のもっとも有名な作品であるばかりでなく戦後日本文学のなかでも抜きん出た深さを持つもの。それだけに、一生に一度と言わず二度、三度と繰り返し読むに値する小説だといえます。

島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制のあくまで厳しい日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる・・・。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、<神の沈黙>という永遠の主題に切実な問いを投げかける書下ろし長編。
新潮文庫の裏表紙にはこう書かれています。豆知識ですが、じつは島原の乱には宮本武蔵も幕府の側として参戦していました。ところが原城に立てこもった一揆軍から石を投げられて負傷し、思うように活躍できなかったとか。

それはさておき、十数年ぶりに読み返した『沈黙』。当時の自分はブログをやっていませんでした。
ところが今はこのブログ=友だちいない研究所という一国一城の主なので、自分の気になった名言を書き留めておきたいと思います。

『沈黙』の気になる名言

私の持っている版では46ページ目に書かれているのが、次の場面です。
危険を冒してポルトガルからはるばる日本へ上陸したロドリゴは、長崎のあたりにあると思われる集落に身を隠します。かくれキリシタンたちの生活は貧しく、生まれてきた赤ちゃんたちもやがて親そして祖父たちと同じく、やせた土地で働き、そして死んでいく運命にありました。現代人の価値観からしてみれば、「美しさ」「豊かさ」「幸福」から見放された土地であると言っても過言ではないでしょう。

しかし、基督は美しいものや善いもののために死んだのではない。美しいものや善いもののために死ぬことはやさしいのだが、みじめなものや腐敗したものたちのために死ぬのはむつかしいと私はその時はっきりわかりました。
ロドリゴの心境は、このように「書簡」という形で吐露されています。

私たちはえてして「家族のために」「友人のために」のように、大切な人のために努力することはできますが、縁もゆかりもない人のためにお金や時間を費やすことは普通しません。

お通夜や葬儀に出席しても、「付き合いで来た」という場合がほとんどで、内心本当に悲しんでいるわけではないのが実際のところです。毎年38万人の日本人の命を奪うガン。毎日1,000人くらいがガンで亡くなっている計算になります。それでもそのことを私達は当然のこととして受け入れ、いやそもそも38万人死んでいるという事実を知らないで生活しているでしょう。

今から2000年前に生きていたとされるイエスはどうでしょうか。
先駆者ヨハネの厳しい、民衆を叱りつけるような威嚇的な神のイメージがつきまとう教えとは対照的に、イエスの教えは愛に満ちたものでした。

重荷を負うている すべての人よ
来なさい わたしのもとに
休ませてあげる そのあなたを(マタイによる福音書より)

マグダラやカペルナウム、ベツサイダのような漁村を回るイエス。日に日に旧来の厳しい神の姿とは異なる、愛を基軸とした神というものを提示した彼の言葉に耳を傾ける者たちは増えていきました。
イエスが会おうとしたのは、収税人やらい病(ハンセン病)に苦しむ人など、社会から見棄てられた者たちであり、決して社会的に成功した者ではありませんでした。

彼らは、イエスがたとえばローマ帝国の圧政から解放してくれるとか、病気を直してくれるとか、勝手な期待を思い描いたようです。その期待が叶えられないとわかった時、彼らは途端にイエスを裏切り、見放していったのでした。イエスはそのことを見通したうえで、それでもなお彼らのもとを訪れようとしていたのでした。これぞ『ヨハネの福音書』の一節「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一にて在らん。死なば多くの実を結ぶべし」という言葉に結びつくものであり、「ある行為に命を賭ける覚悟でなければ、メッセージは後世へ伝わらない」ことの証拠でしょう。

しかし、「社会から見棄てられた者たち」のために、見返りは何一つないと知りつつ私たちは死ぬことができるのでしょうか。そういう深い「愛」を実践可能でしょうか。もし可能だとしたら、それはもう「人間」をはるかに超えた存在に近づいていると言わざるを得ません。

さてこのあとロドリゴはどうなるのか? 『沈黙』を引き続き読んでいきたいと思います。