セブシックの名前を聞いたことがあるという人は、100%ヴァイオリン学習者です。
というか百人一首とか新体操とか簿記とかに取り組んでいる人がセブシックという言葉を口にすることはまずありません。「けふセブシックのかほりせるかも」なんていう和歌、あるはずない! セブシックといえばヴァイオリン。これのほかにない!
そのセブシックですが、やってみると単調な音の上下運動が続くばかりでとにかくつまらない。
大人ならともかく、子供にこれをやらせてみるとすぐに飽きて漫画を読み始めるに違いないでしょう。
いえ、私もセブシックやりながらタブレット端末でネットラジオ聞いてるんですけどね・・・。
だから下手くそなんでしょう、どうせ私に期待する人なんて誰もいない(ついでに友だちもいない)ので構うことはありません。
とはいえセブシック、とくにOp8に取り組んでいると音程がピタッと命中する確率が明らかに上がってくるのです。自分でもはっきりとそう自覚できているのですから、第三者=先生にはもっと感じ取っているはず。
ああ、セブシックやっていてよかった!
セブシックを学ぶと下手になる?
音楽プロデューサー、中野雄さんは『宇野功芳編集長の本』でヴァイオリニスト・天満敦子さんと対談し、セブシックについてこう触れています。(中野さんご自身もヴァイオリンをご趣味とされている模様。)
セブシックというのはご存じのとおり、全くメカニックの極致みたいな人で、われわれあれをきちっとやればどんな曲でも弾けるようになるかわりに、音楽がどこかへ素っ飛んじゃう。
天満敦子さんもこれに応じて「音楽性皆無」。
そしてコンクールで「ノーミスでパガニーニを弾けたのにどうして落ちたの?」と落ち込む学生は、テクニックは完璧なのに音楽性が欠落していることが多いからだとか。
たしかに機械的なフレーズがずっと続くだけなので、これだけ継続するのは、「試験にでる英単語」ばかり覚えて、それで英語ができるようになったとは言えないのと同じようなことでしょう。
とはいえヴァイオリンというのはまず音程ありきの楽器です。グリュミオーの音程とミルシテインの音程は違いますし、諏訪内晶子さんがなぜエリザベートコンクールで1位ではなく2位だったのか、その理由を本人が審査員の一人であったクレッバースに質問したところ、「音程のとり方を勉強しなさい」。
こういうプロの音程は、音程イコールその人の音楽性に通じています。
プロでない人にとっても、最低限やはり明らかに外れている音を出すというのは極力ゼロに近づけたいものです。自分は外しているという自覚がなくても、先生やお客さんからは「?」という感覚を持たれてしまいますから。
となるとやはりセブシックでいろんな音の上下運動のパターンを嫌というほど繰り返し繰り返し体になじませて、どんな状況でもピタッと次の音に左指を命中させられるようになっていなければなりません。
NHK交響楽団のコンサートマスター、篠崎史紀さんも『バイオリン100のコツ』でこう述べています。
私は、音階ができなければバイオリンを弾くことはできない! と断言します。(中略)音階練習は、ゆっくりから速いものまでやるのがポイントです。O.セヴシック『ポジションの移動と音階練習 Op.8』もよいと思います。ゆっくりから始めて、自分の身体に教え込むのです。
N響のコンマス氏がそうおっしゃるのであれば、信頼度は高いですね。つまりセブシックはやらないよりもやったほうが明らかに意味があるようです。
しかしこんな退屈な練習、そうとう我慢強い人じゃないと1年ともたないでしょう。
逆に言うと1年以上継続できた人は自分の忍耐力を誇っていいのかも? これはヴァイオリンを取り組む過程で確実に身につく技能(?)のひとつですね。
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