緊急事態宣言で公演の半分が消滅し、さらには複数の公演関係者に新型コロナウイルス感染症の陽性反応が確認されたことで残り半分のさらに半分が消滅という不運に見舞われたミュージカルFrom Hello Kittyでしたが、どうにかこうにかようやく鑑賞することができました!

発券3回、払戻は2回・・・。ようやく豊洲で生の舞台を見ることができて、まずそれだけで感無量です。

舞台そのものは2時間ほどで、ミュージカルとしてはけっして長いほうではありませんが観ているうちにだんだん引き込まれて、深い感動を覚えました。

だからなのか、休憩時間中につい物販エリアで値札を気にせずプリンくんグッズをガバガバと買い物カゴに放り込むという行動に出てしまいました・・・。チョロい客だ!


きっと誰かに伝わる、思いやり

(以下、ミュージカルのネタバレも含みますのでご注意ください。)
このミュージカルはサンリオ創業当時の歴史を描いたもの。可愛らしい絵を描いたメッセージカードを級友にプレゼントしたら喜ばれたという、ちょっとしたことから心がつながったという微笑ましいもの。

ところが日本が戦争の時代に突入し、やがて敗戦によってあらゆるものが失われてしまいます。
焼け野原の中から復興を遂げる中、主人公(つまり辻信太郎氏)が会社を創業し、かつての自分がそうだったようにイラストの力で人の心を幸せにするという目標を掲げます。

実際には、辻信太郎氏は元山梨県庁職員で、産業振興などを担当していました。会社を設立したときは「山梨シルクセンター」だった社名は、主力事業をキャラクタービジネスに定めた頃、スペイン語で「聖なる河」という意味の「サンリオ」に変更されます。

そして生まれたのが紙袋からちょこっと顔を出した子猫。キティちゃんと命名され、「いちご新聞」の流通とともにサンリオの看板キャラクターとして知名度を上げてゆきます。

やがて史実ではピューロランドが多摩市に開園し、2021年には30周年という節目の年を迎えることになりました。

・・・といっても小さい子供にはそういう話をしてもまず伝わらないのでミュージカルではサラッとわかりやすくまとめられ、ピューロビレッジでキティちゃんやシナモロール、ポムポムプリンといったキャラクターとともにいちごの王様たちが楽しく過ごしているところを、知恵の木の光を奪おうと闇の三姉妹が襲撃します。ここまでが第一幕であり、クライマックスではキティちゃんたちの喜ばしげな歌唱と闇の三姉妹の憎悪に満ちた歌声が重なり合い、けっして子供にも分かるようにクオリティをあえて下げるような余計な配慮をしているわけではないということが十分伝わってきました。

第二幕ではこの争いがサンリオらしい方法によって解決が図られ、大団円を迎えます。

この作品の唯一無二といってもいい、なによりも強いメッセージは、「私たちの心がつながることの価値」であるといっても過言ではないでしょう。一人ひとりは普段誰かと常に胸襟を開いているわけではないものの、私たちは人間である以上、常に心のどこかで「同伴者」を求めているものです。友だちがいない人は自分の声に耳を傾けてくれる人を、夢に破れた人は、それでも一言も責めずにただ傍にいてくれる人を・・・、戦前であろうと戦後であろうと、たとえソーシャルディスタンスの時代であっても、いかなる時にも私たちは「誰か」を探しているはずです。私たちはそうした「誰か」を探す者である一方で同時に、誰かのために「寄り添う人」であることもできます。

辻信太郎氏と同じく戦争の時代に子ども時代を過ごした上皇后美智子さまは、あるとき次のようなことをお話しされたことがあります。
生まれて以来,人は自分と周囲との間に,一つ一つ橋をかけ,人とも,物ともつながりを深め,それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり,かけても橋としての機能を果たさなかったり,時として橋をかける意志を失った時,人は孤立し,平和を失います。この橋は外に向かうだけでなく,内にも向かい,自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ,本当の自分を発見し,自己の確立をうながしていくように思います。

これは第26回国際児童図書評議会(IBBY)ニューデリー大会が1998年に開催され、皇后(当時)美智子さまはビデオメッセージからの抜粋です。

から全文を読むことができますが、子供時代の読書の経験から語り始め、平和へ寄せる強い思いがにじみ出る非常に心優しいお話となっています。

サンリオの提唱する「世界を1つに、みんな“nakayoku”」こそまさに美智子さまの仰るところの「橋」にあたるものです。果たせるかな、闇の三姉妹もなぜ彼女たちが「闇」の側に陥ってしまったのかというと、彼女たちの声が誰にも届いていなかった=橋が架からなかったからこそ孤立し、平和を失ってしまったのでした。第二幕では一転して光り輝くドレスをまとい、美しい歌声を響かせるようになるのはピューロビレッジの人びとと心が重なり合い、「自分は一人ぼっちではないのだ」と悟ったからに他なりません。

2021年9月現在、東京都を含むいくつかの都道府県では緊急事態宣言が発令されており、この緊急事態宣言というのは不要不急の外出を自粛することなど、手短に言えば「人と会うな」ということになります。

しかし人と会わない生活は、真の意味で「生を謳歌している」とはいいがたく、たしかに感染症で死ぬことはありませんが、「死んでいない」と「人間らしく生きている」はノットイコールです。奇しくもこのような時代が重なったなか、力づよいメッセージを楽しい音楽とともに届けてくれたミュージカル『From Hello Kitty』には目が潤む場面が何度もありました。この公演を成功に導いた関係者の皆様に心より敬意を表します。


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