ズッ友という言葉があります。
ピクシブ百科事典によると、
「ずっと友達」の意。
ギャルが友達と一緒にプリクラを撮る際に「これからもずっと友達でいようね」を略して「ズッ友」と書くことから流行した。
いや普通に考えてこれは嘘だろ。そう思いませんか。

中学、高校のころは同じクラスの友だち関係がずっと続くと錯覚しがちです。

でもその幻想はたいてい18歳くらいで打ち砕かれます。

まず大学が違う。同じ大学でも学部、学科が違う。そうなると人間関係が高校のときとは激変します。当然ながら交友関係も高校と大学ではまるで違います。ここでまずズッ友のことが頭から抜け落ちがちになります。

人間関係が広がったとしても、一度に相手にできる人間の数や大切に思える人間の数は天井があります。だからまずここでズッ友が減ります。あなたがそのズッ友をふるいにかけたり、ズッ友があなたをふるいにかけてきたり・・・。

大学時代は4年間で、これで中学高校のズッ友は限りなくゼロに近づくでしょう。

さらに。社会人になると、まさか友だち同士で同じ会社に就職するということはまずありませんから、違う業界、違う会社といった具合にバラバラになります。

でもあなたがブライダル業界に就職し、ズッ友が建設業界に就職すると、もう社会をどういう視点から見るかが全然異なってきます。またここで「最近だんだん話が合わなくなってきた」という状況に陥ります。こうなるとまたズッ友が減ります。

そんなわけで、20代半ばまでにズッ友はほぼゼロになっていても不思議ではありません。

そして。30歳前後になると結婚しているか、していないかで生活環境がまるで違います。
結婚したら結婚したで、子どもがいるか、いないかでまた生活環境が違います。

もっと年を取ると独身か、結婚しているか、子どもがいるかいないかだけではなく離婚歴の有無、保有している金融資産が多いか少ないか(生活水準)、持病の有無などによって、普段気にしていること(=自分が誰かに話したいと思っているネタ)がバラけてきてしまうものです。

こう見てくると、ズッ友だと思っていた人間関係とは、たまたま同じ地域、同じ年齢という同質性の高い人同士が「学校」というお膳立てによって一箇所に集められていたからだという、きわめて人工的な環境のなかでのみ成り立つものだということがわかるでしょう。

しかし実際の社会というのは老若男女いろいろな人がいて、いろいろな仕事をして、その人のパーソナリティもまた千差万別です。「学校」という仕組みでそれが覆い隠されているうえに、人生経験の少なさからそう錯覚してしまう「クラスのなかの人間関係が世界のすべて」という思い込みから、ちょっとした環境の変化ですぐになくなってしまうつながりを「ズッ友」だと受け止めてしまうにすぎないのです。

あの人にはズッ友がいるのに、自分にはいない。
そういう引け目を感じる必要はまったくありません。

なぜって? 私自身まったく友だちがいなくて「友だちいない研究所」なんていう陰キャなブログを運営している割にはむしろそっちのほうが静かな毎日を送ることができて逆に幸せですからね。

気の向かない人付き合いがゼロなわけですから、その代わりにこうやってブログを書いたり、大事だと思っているヴァイオリンの練習とか、ジョギングとか、やりたいことに100%全力投球できるわけですから。



ああ、ズッ友がいなくてほんとうによかった!!