もともと歴史に関心があり、子供のころからNHKドキュメンタリー『映像の世紀』を見たり、明治維新がどうしたとかローマ帝国がどうしたとか、そういう本をよく読んでいました。

ここ1年ほど、ナチスやホロコースト、ファシズムや人権をテーマに様々な本を読み進めたり、ドキュメンタリーを見たりするうちに、ヒトラーがベジタリアンだったということを知りました。

1945年、地下壕のなかで自殺したヒトラーのものと思われる歯をフランスの法医学者が調べたところ、
電子顕微鏡を用いた調査により、歯垢には様々な植物性繊維が含まれていたという。しかし、詳細に検証を行った結果、肉類に由来する物質は全く見つからなかったという。ヒトラーはベジタリアンだったと以前から報じられていたが、今回の調査でそれが裏づけられたことになる。

(https://forbesjapan.com/articles/detail/21175より)
じつはヒトラー自身がこうした食生活上の特徴があったこともそうなのですが、酒やタバコを敵視したり、8時間労働、労働者の長期休暇、アスベスト対策、合成着色料の禁止など、ナチスの政策には妙に健康へのこだわりが目立ちます。

裏腹に、T4作戦という障害者を安楽死させるプロジェクトを実行したり、理想のアーリア人を産ませようとして北欧やフランスの女性とナチス将校のマッチングを後押しする「生命の泉」計画なんていうのもあったりと、結局はナチス思想を推進する手先が欲しかっただけのようですが・・・。

なにより興味深いことは、ヒトラーがこのような政策を実行することとユダヤ人殲滅を図ることは自分の使命だと確信し、普通のドイツ人すらそれを支持してしまったということです。

ベジタリアンであったばかりではなく、オカルトへの傾倒もあったらしいヒトラーを、のちに『サウンド・オブ・ミュージック』のヒロインとなるマリア・フォン・トラップはミュンヘンで目撃し、その下品なテーブルマナーにうんざりしたことを回想録に記していました。

実は彼女は1931年に夫ゲオルクとの間に最初の子をもうけて以来、腎臓障害のために子どもを2度流産していました。その後に改めて妊娠がわかったため、ミュンヘンのとある医者のもとを訪ね、出産にそなえてのアドバイスを受けていました。そのついでに、イギリス庭園のはじに建設された美術館ハウス・デア・クンストを見物しています。ところが当時、展示作品はヒトラーが選定したものばかりで、マリアもゲオルクも辟易するのですが・・・。

美術館をひとめぐりしたせいでお腹がすいた夫婦は、併設されたレストランで食事をすることにしました。すると、ウェイターが二人に声をかけてきたのでした。「となりのテーブルに総統がいます」

ほんとうだった。すぐとなりのテーブルに、ドイツ総統が、六、七人の親衛隊にかこまれてすわっていた。みんなビールを飲んでいた。ところが、ヒトラーはなんと、ラズベリー・ジュースを飲んでいたのだ。

アルコールをいっさいとらないこと、肉を食べないことは、彼の長所にあげられるだろう。それから四十分間、わたしたちはこの第三帝国の救世主を間近に見るという、最高のチャンスをものにした。

親衛隊のなかに冗談がうまい者がいたらしく、数分おきにゲラゲラという笑い声がわき起こります。
一番下品に笑うのがヒトラーでした。

彼はふとももをたたき、ガハハッと大笑いし、二度ものどをつまらせる始末だった。彼は椅子から立ちあがったけれど、あまりのばか笑いのために、うしろむきにひっくりかえってしまった。
うすい髪の毛が額にかかり、腕が宙を泳ぎ、世界中に知られた、そのちょびひげがぴくぴくふるえた。なんともこっけいで、みっともないかっこうだった。
以上の引用は『サウンド・オブ・ミュージック』(マリア・フォン・トラップ著、谷口由美子訳、文溪堂)によるものです。

初版は1997年ですが、1990年放送のハウス食品世界名作劇場『トラップ一家物語』でもこのシーンは回想録を忠実に再現しています。ということは未邦訳だったこの本を制作スタッフは十分に研究したうえでアニメを作ったということでしょうか。

ご存知のようにマリアやゲオルク、そしてその子どもたちはスイスを経由してアメリカに亡命することになりますが、その理由はゲオルクのUボート艦長の打診を拒否したこと、長男ルーペルトがウィーンの病院への着任を拒んだこと(ユダヤ人迫害の影響で医者や弁護士といった専門職が不足したため、若手にもポストが回ってきやすかったそうです。ただしナチスに従うという条件つきですが。)、トラップ・ファミリー合唱団がヒトラーの誕生日に歌うことを忌避したこと、以上になります。

オーストリアにこのまま留まり、経済的に安定した生活を続けるか、亡命するかを巡っての議論はマリアの回想録にもしっかりと書かれており、いかにこの家族が同調圧力に屈せず信念を守り抜いたかがよくわかります。

それにしてもこのヒトラーという人物といい、ナチスという組織といい、調べれば調べるほどいかに人を惹きつけるか、そして惹きつけられてはいけないかがよくわかります。このような歴史の影の部分をしっかりと照らし出してこそ、次の失敗を十分に防ぎうると言えるでしょう。