2021年9月11日(土)に紀尾井ホールで行われた、川畠成道さんの無伴奏ソナタシリーズ2021では、次のような曲目が公演チラシに掲載されていました。

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調 Op.27-2
パガニーニ:24のカプリース Op.1

実際のところは、この他にイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 バラード」の他、バッハの「シャコンヌ」も演奏しています。

さらにアンコールにはミルシテインの「パガニーニアーナ」、シューベルト作曲、エルンスト編曲の「魔王」が演奏され、タレガ作曲、リッチ編曲の「アルハンブラの思い出」で締めくくられています。

川畠成道さんが無伴奏リサイタルを開くのは年に1回、毎年9月のようです。

とはいえ無伴奏のレパートリーで主なものはバッハ、パガニーニ、イザイと相場が決まっており、あとはせいぜいテレマンとバルトーク。ただあとの二人は無伴奏ヴァイオリン曲を発表していることはあまり知られていないので、川畠成道さんに限らず無伴奏リサイタルとなると結局は有名どころの3人の作品で固められるということになります。

別の言い方をすると、バッハ、パガニーニ、イザイを通じてそのヴァイオリニストが過去と比べてどれだけ芸術家として進歩したか、また他のヴァイオリニストと比べてどのような表現を得意としているか、といったことが分かるわけで、この3人の無伴奏曲はいわば「定点カメラ」とも言えるでしょう。

2021年、川畠成道さんのヴァイオリニストとしての現在地は・・・。


音の積み上げに内面の充実を感じられる2時間30分

自分でバッハの無伴奏を演奏してみるとそのとりつく島のなさに「もうだめだー!!」と声を上げたくなります。

もっと技術的にやさしいはずの「二つのヴァイオリンのための協奏曲」でもやはり「もうだめだー!!」と叫び声を上げてしまいます(私が)。

何がどう駄目なのか? じつは、一つ一つの音を隙間もなくぴっちりと積み重ねていかなければバッハらしい音がまったく出てこないのです。こういう音楽の先にベートーヴェンやブラームスが連なっているわけですからバッハはクラシック音楽の基本。避けて通ることは不可能。もうだめだー!! 不可避。

(私はヴァイオリンの先生に「こんな音楽が尊ばれる国だから、あとで徹底的にユダヤ人を殺戮しようとかいう気狂いプロジェクトを正確無比に実行してしまうようになるんですね」と言いかけてやめました。)

まずバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調」から始まったこの日のリサイタル。バッハはCD化されている演奏と同じく、丁寧な柔らかみのある音を基調としつつもバッハの精緻な音の編み物を紡いでゆく、何もしていないように聴こえて実はそれが膨大な鍛錬の産物であることを伺わせるに足るプロの技。

イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調」は、バッハのイ短調にあえてかぶせようとしてこういう配置にしたのでしょうか。バッハの引用から始まり、「怒りの日」が随所に顔を出すこの曲は、イザイもバッハという巨人を前にして「もうだめだー!!」と叫んでいたことが想像されます。

こちらは第4楽章に「復讐の女神」と題されているほど、難技巧かつ激しい感情の表出というハードルの高いもの。無伴奏曲というのはえてして伴奏者がいないのではなく、自分でメロディも「伴奏も」担当しなければなりません。衆人環視のもとでイザイが弾けたらもう胸を張ってお金を取っていいレベルでしょう。

川畠成道さんのイザイというと2019年に第6番を演奏しており、今度は2番。いずれ他の番号も演奏されると期待できます。バッハとはうって変わり、劇的な表情の変化を現すために微妙な弓使いを工夫しているだろうとの予想のもと、しっかり観察するも・・・、私の目が悪く、座席も後方だったので結局よくわからないまま「いったいどうやったらああいう音が?」のまま休憩時間になってしまいました。

後半のパガニーニは「24のカプリース」から1番、6番、24番が演奏されています。
学生時代は「いかに正確に弾くか」にフォーカスしがちで、川畠さんご自身もそうだったようですが、プロとしてキャリアを重ねていくとパガニーニとの向き合い方もまた変化してくるらしく、技術よりもむしろ精神的な面に目線が向いてくるようです。

たしかに6番のあたりではトレモロを背景にしたミステリアスな雰囲気がかきたてられ、音楽はただ音符の羅列や上下運動ではないことが伝わってきます。技術一辺倒だとその時感心はしても結局「いい音楽だった」という気持ちにならないことが多いのですが、本日はパガニーニという奇才の「音楽」を聴いたと確信します。

このように文章で音楽を伝えるのは無理があるため、アンコールの「パガニーニアーナ」「魔王」そして「アルハンブラの思い出」という並びについて述べて締めくくりとします。

パガニーニを3曲本編で取り上げ、さらにパガニーニの難技巧を散りばめた「パガニーニアーナ」をアンコールで披露するというだけでも大変なプレッシャーのはずなのにそれは難なくクリア。
さらには「世界で最も難しい」と評される、シューベルトの「魔王」。4本の弦で狡猾な魔王、家路に急ぐ父親、恐れおののく息子、そして物語の語り手を演じ分けなければならないという、ヴァイオリニストにとっての地獄とはこのことです(そんなとき、舞台からふと客席を見るとお客さんが寝ていたりするのも地獄)。

魔王とかいう肩書のわりにはやってることが子供一人拉致とかいうスケールのしょぼさはともかく、こういう珍しい曲を堂々と演奏し、かつ演じきったのは見事と言う他ないでしょう。レコーディングなら録り直しができますが、実演ではそうはいきませんから・・・。

最後は「アルハンブラの思い出」で見事にクールダウン。私達の思いをはるかスペインへいざなってくれます。先程の魔王とはうって変わり、グラナダの優しい夕焼けとそよ風が感じられる数分間の出来事は、かつて著作のなかで「静かなところでインパクトを残せるヴァイオリニストになりたい」と述べていた、その目標にたどり着いた何よりの証でしょう。

このように一人のヴァイオリニストをずっと見続けていると、色々な変化に気付かされます。
おそらく2022年も開催されるであろう無伴奏リサイタルには大いに期待したいです。