2020年春から急速に普及したテレワーク。

メリットもデメリットもあります。

メリットといえば、たとえば満員電車に揺られて通勤しなくてもいいこと。
一体毎日何分を移動という価値を生まない時間に費やしていたのか・・・。そう気づいた人も多いでしょう。

デメリットもあります。ずっと一人でいるから、精神的に苦痛を感じる人もいます。
また、私の職場では、出勤している人がテレワークで不在にしている人の悪口を言いまくるということを目の当たりにしました。

いきさつは過去記事


に書いたとおりです。当時、私はこういうことを体験しました。
テレワークをやっていて職場に来ないと、仕事そのものは「その時は」捗るでしょう。

しかし対面でコミュニケーションをとっていないと、誰がどんな風に仕事をしているのか様子がいまいちわかりません。
イタリアでは車を運転するとき、運転席の中に座っている対向車のドライバーの表情を見ながら「この人はこっちへ向けて走りたがっているな」など「顔」を意識してコミュニケーションを取るのが大切だと聞いたことがありますが、その逆パターンでしょうか。とにかく相手の様子がわからない。

わからないまま仕事だけが進んでいて、メールで「このようになりました」と結果だけ知らされてします。

これでムッとしたり、そういうことが続いて相手への不信感がすこしずつ募っていったり・・・。

それでその場にいない人の悪口につながるのでしょう。

悪口を言うのはみっともないことだと誰もが思っているはず。
ところが不思議なもので、自分が悪口を言うときはなぜかどうとも感じないのです・・・。
人間の心理とはいつの時代も不変なもので、NHKの歴史ドキュメンタリーで鳥羽伏見の戦いを取り上げていたとき、やはり幕府側は部隊間のコミュニケーションがうまくいかず、ばかりか相手がノーリアクションだったりで少しずつ味方同士で不信感を募らせていったとか。本来なら勝てたはずの戦なのに、こういうことがあって新政府軍にあっという間に敗れてしまいました。

でも160年後の令和でも同じことが起こっていたのです・・・。

しかし『ヒトは「いじめ」をやめられない』という本を読んでいると、なぜテレワークで悪口が増えるのか、脳科学的な観点からヒントが得られたような気がしました。

テレワークでその場にいない同僚の悪口が始まる理由

『ヒトは「いじめ」をやめられない』は、脳科学者・中野信子さんの著作です。
この本によると、人間は一人ひとりではライオンなどの猛獣に比べるときわめて脆弱なため、団結して共同体を結成するという戦略で生き延びてきたとしています。

たしかに単独では猛獣に勝利できなくても、団体として結束していればライオンを倒し、その肉を獲得できる可能性は飛躍的に高まりますからね。

他方で、共同体の存在を脅かすもの=フリーライダーすなわちタダ乗りをする者や共同体に協力しない者は制裁を加えようという感情をヒトは覚えるようになりました。
すなわち共同体にとって邪魔な人物はただちに排除しようとする機能が脳に植え付けられていったようなのです。

この制裁は、「集団を維持したい」という、人間の生存に密接に関わるものだけに、あらゆる集団でほぼ確実に発生するものです。
ところがこれが高まりすぎると、たとえば排外主義につながったり、色の違うランドセルを使っているといった僅かな違いすら認められなくなり、過剰に制裁を加えるようになってしまうという厄介な側面があるようです。

じつはこのように集団を維持するうえで、脳からは「オキシトシン」というホルモンが作用しているようです。
これは妊娠、出産、授乳に関連しており、哺乳動物では子どもを産み、育てるうえで非常に重要なホルモンであるため「愛情ホルモン」とも呼ばれています。

これはもちろん育児だけに関わることではなく、男女を問わず、幸福感、ストレス緩和、不安感の減退、他人への信頼、誰かと関わりたいという気持ちの亢進などにも作用します。

このオキシトシンですが、どんなときに分泌されるのか? というとキスやセックスだけではなく、単純に対面で会話したり、名前を呼び合ったり、といった普通のコミュニケーションでも(それが人間ではなく対ペットでも)やはり分泌されることがわかっています。

しかも、誰かと同じ空間に長くいるというただそれだけでも、オキシトシンの濃度が高まるようです。

ここまで書くと、テレワークでその場にいない同僚の悪口が始まる理由がもうお分かりかと思います。

要するに物理的に切り離された状態で仕事をしているとオキシトシンが分泌されることもなく、したがって相手への親近感や信頼感は生まれるはずもなく、むしろ不安感や不信感がかきたてられる・・・。
脳科学的にはそういう説明がつきそうです。

やはりテレワークというのは業務遂行のためのあくまでも「手段」であり、この手段を採用することでチームワークが破壊されてしまっては元も子もありませんから、ZoomやGoogleドライブといったツールを過信して、対面でのコミュニケーションを軽んじることはやはり避けたほうが良さそうです。

それにしても。
このブログは「友だちいない研究所」といいます。ええ、私には友だちがいません。
職場でも基本一人ぼっちです。

その自分が政府や専門家の、一言で言えば「人と会うな」というメッセージに辟易して「人と会うことが大事だ」みたいなことを書く日が来ようとは・・・。