2021年9月5日、サントリーホールで行われた大友直人さん指揮・東京交響楽団との共演で曲目に上がっていたのがブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』。

2018年秋にも羽村で同じ曲を演奏していたときの感想はこちらです。

感想:ヴァイオリニスト荒井里桜さんの演奏会を聴いた(2018年11月・ブラームス『ヴァイオリン協奏曲』)

このとき、私は次のように感想を書き記していました。
演奏そのものは、まさに美音の連続でした。美音というと抽象的ですが、往年のヴァイオリニストで例えるならグリュミオーのような系統の音色といえば当たらずといえども遠からずといったところではないでしょうか。

美音の連続でどこまでブラームスに踏み込んでいるのか、陰りが必要なのではないかという観点もあるかと思いますが、汚い音よりはきれいな音であるに越したことはありませんから(もちろん表現上の必要に迫られてあえて汚い音をだすという手段もあるでしょう)、その点は聴いていて非常に心地よいものでした。

また、音がきれいである上に、細かな技巧も精緻に演奏するよう心がけている様子が伺われました。
例えば第一楽章のカデンツァからコーダまでの盛り上がりは最大限の集中力で弾いていたようです。
あれからおよそ3年。東京藝術大学を卒業後、現在はスイスに留学しジャニーヌ・ヤンセンさんに師事。3年間の学修やステージ経験、そしてヤンセンさんからの薫陶がどこでどのように作用したのかは客観的には証明不可能ですが、冒頭のツイートにあるように、従来の美音にくわえ、全編をつうじて力感が溢れていました。

これは実際にホールで体験しないとわかりにくい表現ながら、もしバレエダンサーの動きに例えるならたとえ同じ踊りを踊っていても、体幹がしっかりしているダンサーの場合はどれだけピルエット(回転)をしても体の軸がぶれません。しかも止まるべきところでピタッと静止できる。(これはバレエのガラでいろいろな人を同時に見比べるとよくわかります。)

これと同じように、荒井里桜さんの演奏でもブラームスらしい情緒にさらにドイツ音楽に不可欠ともいえる厚みが加わっています。

かつて桐朋学園大学の学長も務めたことがある大ヴァイオリニスト・江藤俊哉さんは弟子たちに「ねっとりと弾きなさい」という指導をしていたようです。
弦楽雑誌『サラサーテ』2016年6月号によると、矢部達哉さん曰く「ねっとりとは、重厚な音で、フレーズの最後の音までヴィブラートで歌うこと」。

3年前のブラームスと、今回のブラームスを比べてみると、たとえ荒井さんが江藤俊哉さんとの師弟関係がないにしても、ヴァイオリンで音楽を演奏するにあたり「ねっとり」を実行するとどう違うのかというのがよくわかる実例であるように思えました。

面白いことに、現在彼女が師事しているジャニーヌ・ヤンセンさんは神秘的なピアニシモに定評があり、この世ならぬ弱音の雰囲気には「妖精のような」と評されることもあります。
今後そのようなピアニシモの使い方を体得したとき、さらに表現の幅が広がってゆくのではないかと大いに期待されます。

スイスで研鑽を積んでいるだけに日本でのコンサートは当面少なそうですが、継続的に実演に接してみたいと改めてブラームスを聴きながら思いました。