『シェルブールの雨傘 ひどい』と言われる理由を考えると、作品そのものより “背景となったアルジェリア戦争の理不尽さ” があまりにもひどいからではないか――。
あらすじを振り返りつつ、歴史的事情を整理してみたいと思います。
映画『シェルブールの雨傘』では、自動車整備工のギイのもとに突然アルジェリア戦争の召集令状が届きます。ギイは2年間戦地に送られ、その間に恋人ジュヌヴィエーヴとの関係は元には戻らず、ふたりは別々の人生を歩むことになります。
そして終幕。雪の舞うガソリンスタンドで交わされるほんの短い再会。すれ違った青春の痛みが胸をえぐり、観客は「なんてひどい結末だ…」と感じてしまう。だが実際“ひどかった”のは、彼らを引き裂いた歴史そのものではないかと強く思うのです。
植民地を手放したくないフランスのエゴ、社会の空気に逆らえない国民の無力さ・・・。
こうした背景を知ると、「あんな理不尽な戦争で、若者の恋愛が壊されるなんて、あまりにもひどい」と感じるのは自然なことです。
物語としての『シェルブールの雨傘』は美しく詩的で、ミシェル・ルグランの音楽とともに世界中で愛されています。しかし歴史の側面から見れば、ひどいのはむしろ戦争そのもの であり、映画の切なさが何倍にも濃く感じられてしまうのです。
あらすじを振り返りつつ、歴史的事情を整理してみたいと思います。
映画『シェルブールの雨傘』では、自動車整備工のギイのもとに突然アルジェリア戦争の召集令状が届きます。ギイは2年間戦地に送られ、その間に恋人ジュヌヴィエーヴとの関係は元には戻らず、ふたりは別々の人生を歩むことになります。
そして終幕。雪の舞うガソリンスタンドで交わされるほんの短い再会。すれ違った青春の痛みが胸をえぐり、観客は「なんてひどい結末だ…」と感じてしまう。だが実際“ひどかった”のは、彼らを引き裂いた歴史そのものではないかと強く思うのです。
アルジェリア戦争に至るまでのいきさつ
・フランスの植民地支配は絶対王政時代~ナポレオン時代と、19世紀~20世紀中盤までの2つの時代に分けられる。アルジェリアが1962年に独立して完全に終焉。
・第1期の絶対王政~ナポレオン時代には、主に北米およびカリブ海に支配地域を広げた。カナダにフランス語圏が残っていたり、アメリカに「ルイジアナ」という地名があるのはその名残。ちなみに、ナポレオンの最初の妻ジョゼフィーヌは植民地であった西インド諸島の出身である。
・ところがイギリスとの植民地をめぐる争いで敗北。フランス革命期には植民地の奴隷が反乱を起こしたため、奴隷制を廃止。(ナポレオンが復活させる。)
・ 1830年、復古王政期のシャルル10世が国民の支持を得るためにアルジェリア支配を強行した。ここを拠点に西アフリカに植民地を拡大。
・第一次世界大戦ののち、ドイツからカメルーンとトーゴ、オスマン帝国からはシリアとレバノンを獲得。この時代がフランスの植民地支配のピークだった。
・第二次世界大戦が始まると、パリが陥落して一時的にとはいえフランスはドイツの支配下におかれ、またインドシナ半島も太平洋戦争前に日本が進駐。戦後には植民地で民族蜂起が頻発し、インドシナ戦争が始まり、1954年にフランスが敗北。これによりアジア地域での植民地を失う。
・同じ頃、アルジェリアでもやはり独立戦争が始まり、100万人を超える死者を出した。フランス本国でも爆弾テロがたびたび発生し、厭戦気分の高まりとともにアルジェリアの独立を支持する世論が高まり、ついに1962年に独立を勝ち取った。
以上が大まかないきさつとなります。
しかしアルジェリアの独立後もこのことはフランス人の中に「黒歴史」として刻み込まれることになります。
作家・橘玲氏はこう述べています。
他のアフリカ諸国と比べて(アルジェリアの)もっとも大きなちがいは、そこが「植民地」ではなく「フランスの一部」だったことだ。戦前の日本における満州と同様に、地中海をはさんだ対岸にあるアルジェリアはフランスの「生命線」で、そこはフランス人(白人)が移住する土地と見なされた。
そのためアルジェリアの植民地支配は、アフリカの他の地域と比べてもさらに過酷だった。本国から遠く離れ環境もきびしいブラックアフリカでは、「文明化」の使命は現地のひとびと(原住民)を教育し、エリートを植民地官僚として取り立てていくほかなかった。それに対してアルジェリアでは、白人の移住者たちが原住民に権力を移譲したりフランス市民権を与えることにはげしく抵抗したため「進化した者(エヴォリュエ)」すら生まれず、抵抗や反乱は武力(拷問と虐殺)によって抑え込まれた。(中略)
フランスは移民に対して「同化」政策をとっているが、その前提には、「フランスは植民地を文明化したのであり、それは(全体としては)よいことだった」という「植民地神話」がある。移民の子弟たちは「フランスという理想」を目指すのが当然であり、フランク王国最盛期のシャルルマーニュ大帝や「人類に啓蒙の光をもたらした」フランス革命を「自分の歴史」として学ぶことを要請されているのだ。
(https://diamond.jp/articles/-/89555?page=3より)
日本史に置き換えてみると、「満州」「朝鮮」が日本の一部だから、日本人が居住して当然だ、あんな土地はわれわれ日本人が文明化してあげたから、インフラも社会制度も整備され、生活が向上して豊かになれたんだ・・・、橘玲氏の文章を読んでいると、そんな「アフリカが文明化されたのはわれわれのおかげだ」のような幻想がどうやらフランス社会ではずっと共有されているようなのです。第二次世界大戦の戦勝国ゆえの無意味なおごりでしょうか?? それともフランス特有の無駄なプライド?
『シェルブールの雨傘』が「ひどい」と感じるのは作品の問題ではない
いずれにせよ、ギイとジュヌヴィエーヴを引き裂いたものは、2人の意思ではなく「歴史の暴力」でした。植民地を手放したくないフランスのエゴ、社会の空気に逆らえない国民の無力さ・・・。
こうした背景を知ると、「あんな理不尽な戦争で、若者の恋愛が壊されるなんて、あまりにもひどい」と感じるのは自然なことです。
物語としての『シェルブールの雨傘』は美しく詩的で、ミシェル・ルグランの音楽とともに世界中で愛されています。しかし歴史の側面から見れば、ひどいのはむしろ戦争そのもの であり、映画の切なさが何倍にも濃く感じられてしまうのです。
アルジェリア戦争を調べてみると、改めて「人間ってなんてくだらないことをしてきたんだろう」と痛感させられました。『シェルブールの雨傘』の悲しさは、決して作り物ではなく、20世紀の現実が生んだ影だからです。
コメント