Cuvie先生のバレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』の第15巻。

ついにヒロイン奏は1年間のバレエ留学のため、英国ロイヤル・バレエスクールに向かいます。

そこで目にしたのは、まずはニコルズ先生の温かい歓迎でした。ロイヤル・オペラ・ハウスで『ロミオとジュリエット』を鑑賞することになります。
この作品はシェイクスピア原作、イギリスを代表する振付家サー・ケネス・マクミランが創り出した傑作です。

シェイクスピアの設定ではジュリエットは13歳でまもなく14歳になるとされています。
『ロミオとジュリエット』はじつは元ネタになるお話があり、そちらではもうちょっと年上だったようですが、あえて年齢を引き下げることで疾走する若者の情熱が結局は悲劇に飛び込んでしまうという悲劇性を強調したかったのだと言われています。

そんな夢の一時から、ただちに奏は寮の集団生活を始めます。
ルームメイトはアジア系だったり米国出身だったりと様々。当然性格も違いますから、衝突も起きます。15巻でも早速喧嘩している場面がありました。オープンなアメリカ人と規律を重視するアジア系の違いが浮き彫りになったとも言えるでしょう。こうした人間模様が16巻以降も引き続き描かれてゆき、ドラマが進展することになるのでしょうか?

一方で、進級できなかった人と入れ違いで入学してきた奏たちの実力はいかほどのものか、級友たちが見守る中、これまで学んできたことと英国ロイヤル・バレエ・スクールの流儀のギャップに戸惑いの表情を浮かべる奏。

過去にも幾多の「奏」がこの場所で学び、ある者は志半ばで去り、ある者は道を切り開いてプロとしてのキャリアを獲得しています。

この一見和やかでいるように見えてじつは厳しい世界であり、世界中から一握りの若者たちによる激しい競争と淘汰の様子を見ていると、「ウィンブルドン現象」という言葉を連想せずにはいられませんでした。
ウィンブルドン現象(ウィンブルドンげんしょう)とは、「門戸を開放した結果、外来勢が優勢になり、地元勢が消沈または淘汰される」ことをいう。狭義には、市場経済において「自由競争による地元勢の淘汰」を表す用語である。特に、市場開放により外資系企業により国内系企業が淘汰されてしまうことをいう。ウィンブルドン効果(ウィンブルドンこうか)とも呼ばれる。
(ウィキペディアより)
ロンドン郊外で行われる、テニスのウィンブルドン選手権大会では、イギリスの大会でありながら優秀な成績をおさめる選手が必ずしもイギリス人ではなく、外国勢であることが珍しくありません。
日本でも相撲界が同様で、実力者は日本人ではなくモンゴル勢だったりします。

これは必ずしも悪いことではなく、外国から優秀な人材が参入してくることでその業界のレベルが引き上げられて活性化し、腕に覚えのある若者たちがますますチャレンジしたがるという好循環をもたらしているという一面があります。

英国ロイヤルバレエ団でも主役級を演じる最高位の「プリンシパル」にはかつて吉田都さん、熊川哲也さんが任命され、その後も平野亮一さんや高田茜さん、金子扶生さんといった日本人ダンサーの躍進が目立つのも、モンゴル人力士が横綱になるのと似たようなものであると言えるでしょう。

しかしバレエの多国籍化によるレベルの底上げには、そもそも世界中から人材をリクルートし自分たちのメソッドに基づいて教育する、「学校」という土壌が欠かせません。
そして学校を運営するためには優秀な指導者の採用、継続的に志願者を確保できていること、卒業生を社会に送り出すキャリア支援・・・、といった諸々の要素が揃っているべきであり、となるともはや「伝統の厚み」という言葉を持ち出さなければならなくなります。

『絢爛たるグランドセーヌ』第15巻を読んでいてふと気づいたのは、上述のようなイギリスという国における文化活動への懐の深さでした。

私自身はかつて某自動車メーカーの都合で北イングランドのとある町へ仕事で送り込まれ、散々な目にあったのでもうイギリスはこりごりですが、奏には16巻以降もバレエダンサーという夢を叶えるために多くのものを吸収していただきたいと思いました。