Cuvie先生のバレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』の第13巻。

ヒロイン奏はついにYAGP(ユース・アメリカ・グランプリ)のNY予選を勝ち抜き、ファイナルラウンドまで歩を進めます。

奏はメトロポリタン美術館に展示されているディアナ像の写真を見て一目惚れ。師はその表情を見てこう言います。

あなた達には西洋の芸術にたくさんふれてほしい
その伝統と格式を担う世界で生きていこうと思うなら

さらには、審査員の一人からはこう激励されます。
ディアナが登場するギリシャ・ローマ神話は西洋文化の源流
古代から現代に至るまでどれだけの芸術家が彼女の姿を描き出すことに心を捧げてきただろう
今日の君も その芸術家(アーティスト)のうちの1人だ
これに揺さぶれらた奏は奮起、本番では「血湧き肉躍る」胸の高まりとともに見事な演技に成功したのでした。

この場面を読みながら、私は「伝統と格式を担うとは?」ということに思いを馳せざるを得ませんでした。

芸術家の使命とは

バレエダンサーしかり、ピアニストしかり、ヴァイオリニストしかり、技術の確実な積み重ねがあって初めて芸術家を名乗れる職業が世の中には実在します。
プロを目指すのならばとにかく小さいうちからそれ以外のほとんどを遮断=犠牲にして一筋に打ち込んでいく必要があります。

そのような努力の果てにほんの一握りの若者がプロへの切符を手にすることになります。
彼らは、疲れ果てて人生最後の公演を終えるその時まで日々学び続け、お客さんに「何か」を届けようとします。

東京バレエ団・上野水香さんの「ボレロ」に思う、人はなぜ踊るのか? でも書きましたが、国際的に活躍するピアニスト・内田光子さんはある知人にこう語ったそうです。
「演奏とは、聴き手の時間の“質”を変える行為。その時の記憶が終生あなたの脳裏から消えないなら、私はあなたの人生の“何か”を変えたことになるのです」。このような一人ひとりの果てしない積み重ねの先に社会に文化が蓄積され、やがてそれが伝統として根づいてゆくのだと思います。

こうしたメッセージの受け渡しこそ人間だけができる行為=文化活動であり、まさしく文化こそが人間の証明でもあるのでしょう。

芸術家とは誰かの“何か”を変えることが究極の使命だとすることという考えは今も変わりませんが、その一方で「伝統と格式を担う」こともまたやはり今ひとつの使命であると言えるでしょう。

バレエの世界でもたとえば英国ロイヤル・バレエ団という素晴らしいバレエ団がありますが、それはある日突然生まれたわけではなく、その始まりにはバレエ・リュスの存在があり、さらにはセルゲイ・ディアギレフという偉大なプロデューサーがいて・・・、のように守り伝えられてきた伝統や後進の育成メソッドのような無形の財産があって初めて成り立っているものです。

私自身はヴァイオリンを弾きますが、この弾き方を教えてくれた私の先生がだれで、その先生は、その先生の先生の先生は、とたどっていくとどこかで例えばアウアーやヨアヒム、パガニーニさらにはヴィオッティ、レオポルド・モーツァルト(アマデウスの父)、コレルリ・・・、と淵源はバロックにまで遡ることになり、歴史というものが自分の中にまで脈々と息づいていることが実感されます。

この先人から手渡された「伝統と格式を担う」ことも、やはり成功をおさめた芸術家の使命であり、手渡されたものが大きければ大きいほど、次世代に伝えていく責任も重いわけであり、だからこそたとえば小澤征爾さんのような人は若い人達に音楽を教えることに非常に熱心なのでしょう。

数年前にはパリのノートルダム大聖堂や沖縄の首里城が焼け落ちてしまうという痛ましい事件がありました。歴史の中で育まれてきた遺産といえども失われるときは一瞬のことであり、だからこそ現代人はすべからく「伝承」に対して敏感であらねばならないのだと思います。

『絢爛たるグランドセーヌ』第13巻では、「いつかこのことを取り上げる日が来るだろう」というセリフがとうとう登場し、非常に心を動かされた一冊となりました。14巻も引き続き注目していきます。