2021年6月25日から9月12日まで新宿・SOMPO美術館で開催されている「風景画のはじまり コローから印象派へ」。タイトルどおりコローから印象派の作品群が展示され、フランス19世紀の風景画の数々に親しむことができる見逃せない催しになっています。

公式サイトには次のような紹介文が掲載されていました。

コローやクールベ、バルビゾン派から印象派まで、フランスの近代風景画をたどる展覧会です。フランス、シャンパーニュ地方にあるランス美術館は、フランス国内ではルーヴル美術館に次いでコロー作品を多く所蔵するなど、19世紀の風景画が充実しています。本展では、このランス美術館のコレクションから選りすぐりの名品を通じ、印象派でひとつの頂点に達するフランス近代風景画の展開をたどります。

19世紀初頭に成立した「風景画」は、フランス革命と産業革命を経て近代化をむかえたフランスにおいて、鉄道網の発達、チューブ式絵具の発明、また新興ブルジョワジーの台頭などを背景に、さらなる展開をとげました。戸外制作を積極的に行った画家たちの眼差しを通してとらえられた各地の自然は、生き生きと、実に様々に表現されていきます。本展では、油彩、版画など約80点を通じ、ミシャロン、ベルタン、コロー、クールベ、バルビゾン派、ブーダン、そしてルノワール、モネ、ピサロら19世紀の巨匠たちによる風景画の歴史を展観します。
夏の暑い時期に、ドイツでもオランダでもなく、フランスの風景画を見るというのはアタリでした。
知っている方には説明がいらないと思います。
フリードリヒのような宗教的な含意があったりする、それはそれで悪くはないのだが見ていると「うーん」と考え込まされるような風景画とか、ロイスダールみたいに「オランダって正直、土地が痩せてるよね」「しかもなんか暗いよね」と失礼なことに気づいてしまう作品を、ジメッとした日本のうっとうしい夏に見ていると「中学のときに運動部に入らなかったので友だちがまったくできず、現在に至る」的陰キャなムードが心の中に湧き上がってしまいます(個人的見解)。

これも説明はいらないはずですが、フランスの風景画は(というかフランスの土地柄そのものが)ふわっとした明るさに包まれていて、見ているだけで幸せに包まれます。この国の画家たちの「光」の扱い方を見ているだけでも、フランスでドビュッシーが生まれ、また美食の国であり、ブルゴーニュのピノ・ノワールが世界的名声を獲得したのか大体想像がつくでしょう。

まとめて楽しみたいコロー

国立西洋美術館には「ナポリの浜の思い出」というコローの作品が展示されています。
ややくすんだ銀灰色のニュアンスが作品全面に散りばめられ、この絵画こそまさにコローの心の中で大切な記憶となったナポリの浜辺を理想化しているものだというメッセージが伝わってくるようではありませんか。

「ナポリの浜の思い出」が好きだ! という方にはこの展覧会はうってつけでしょう。
なにしろコローだけで20作近い作品が展示されているのですから。

不吉なニュアンスが盛り込まれた「突風」、しかしこれはやはりあくまでもフランスの絵画であり、突風はあくまでも突風、つまり哲学的に考え込むというよりも自然現象であり、その自然現象すらも感覚の歓びとして受け止めている様子が伝わってくる作品です

「地中海沿岸の思い出」も「ナポリの浜の思い出」と同系統の表現でありながらも明るい青空にうっとり。
この展覧会で私が感銘を受けたコローといえば「ヴィラ・メディチの噴水盤」。イタリアに行ったことがある方なら、「あ、この空の色は!」と思い出に浸ることができるでしょう。あのオレンジ色のニュアンスが刻々と変化してしだいに色あせてゆく、あの移り変わりがカンバスの上に再現されています。この幸福感!

バルビゾン派からやがて印象派へ

コローの後につづいたバリー、ルソー、デュプレといった画家たちはバルビゾンにおいて農民たちや自然風景を写実的に描いてゆくようになります。
パリ近郊(だいたい南方30km位)、フォンテーヌブローの一角がバルビゾンですから、当時の感覚でいえば半日くらいかけて移動し、田舎にこもって創作に専念したということでしょう。

風車、沼、羊の群れといった当時の農民たちにとって日常的であったはずの素材がテーマに用いられており、しかしそのまま描いたというよりもある程度構成を考えた上でカンバスという限られた面積内にうまく描くべき人物や植物、動物などを配置している様子がうかがわれます。

展示室はさらに「空の王者」ウジェーヌ・ブーダンに進みます。彼の画風は青空と白雲になみなみならぬこだわりがあり、繰り返し繰り返し空や雲を描きつつも全ての作品において違ったニュアンスで自然現象が表現されています。

この流れをさらに押し進めたのが印象派ということになるのでしょうか。

モネの「ベリールの岩礁」は、何度も何度も自分が求める光や色を探り当てようと試行錯誤を繰り返したことがうかがわれます。
ピアニストが繊細なピアニッシモを表現しようとしてタッチを考えぬき、ペダルの使い方を何度も試し、さらには調律師にハンマーの整音を指示したり・・・、あるいはヴァイオリニストがフレーズのニュアンスをより「らしく」するために運指法、弓のスピードや圧力を徹底的に比較したり・・・、モネの作品も「印象派」という言葉で捉えてしまうと「なんとなく作ってみました」というように受け止めてしまいますが、紛れもなく見えないところで努力やテストを積み重ねていることが伝わってきます。

これだけまとまって一つのテーマを集中的に見られることはなかなかありませんから、ぜひ期間中に多くの方に展覧会を訪れていただきたいと思いました。

ああ、こういう名品の数々を見ているとまたフランスに行きたくなる・・・。