サントリーホールや東京文化会館というコンサートホールでピアノリサイタルを使うと、ピアニストはたいていスタインウェイのグランドピアノを使っています。たまに見かけるのがヤマハです。

オーストリアならベーゼンドルファーが使われることもままありますが、世界中でスタインウェイの支持率は圧倒的。

スタインウェイがこれほどまでに広く普及した理由としては、19世紀から20世紀にかけてコンサート会場が大型化していったことや、たとえばリストやブゾーニのような一流ピアニスト兼作曲家が発表する作品群が技巧を誇示するようなものに傾いていったことが挙げられます。
そうなるとピアノに求められる要素も音の大きさや迫力が重視されるようになります。

たとえばですが、ピアノ協奏曲といってもモーツァルトとチャイコフスキーでは内容面でも、規模においても、まるで異なります。およそ100年かけて、社会の変化とともに音楽もまた移り変わっていったことを端的に示していますね。

こうした時代背景のなか、スタインウェイのピアノが支持を獲得していったことが、『日本のピアノ100年』(前間孝則・岩野裕一)に書かれていました。

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職人芸や伝統へのこだわりがかえって衰退を生み出すという皮肉

この本によると、スタインウェイのピアノは当時の他のメーカーのピアノと比べて次の点で抜きん出た特性がありました。

1.金属製鋳物フレームを使っており、弦の張力を12~13トンまで高めることができた。従来の木製フレームでは4~5トンが限界だった。これにより音量が増し、なおかつ音色も豊かになった。

2.交叉弦や連打可能なハンマーを採用するなど、革新性ある機構を取り入れた。

3.量産を念頭に規格化・標準化を実施し、合理的生産体制を整備した。

のちの自動車産業におけるフォードを先取りしているかのようにも思えます。
スタインウェイのピアノがシェアを拡大していったのは、このような進取の精神に溢れたピアノが絢爛たる技巧を大音量で披露する曲がもてはやされたという時代のニーズに見事に応えていたからでしょう。

その影で、エラールのような伝統的メーカーは音が弱くて薄いとみなされるようになっていきました。古いヨーロッパのメーカーはスタインウェイのように新しい技術を取り入れることに消極的でした。それは、「よい響きは木材から生まれる」という職人芸の自負や伝統への愛着があったからであり、だからこそ金属という新しい素材を使うことや合理的生産方式に抵抗があったようです。

ビジネスの世界では、「成功の復讐」という言葉があります。

成功の復讐とは、企業の優れた成功体験が、結果として次の成功を阻むこと。

成功の復讐とは、経営のパラドックスである。過去の否定、不連続な改革はきわめて難しい。優秀な経営者が長く経営を続け、その路線に乗った経営者しか出なくなると、過去を否定した方針転換ができなくなる。

戦略に寿命があるのと同様に、成功パターンにも寿命がある。踏襲すべきものと捨て去るものを峻別し、社内に徹底することが必要である。

(https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12324.htmlより)

たとえばソニーがウォークマンで成功したがゆえに、次の波に乗りそこねる(iPodに対抗できる商品を開発できない)というのがその例と言えるでしょう。

ピアノといえば昔からあまり変わっていないかと思いきや、じつは産業革命やブルジョワ階級の誕生といった時代の流れと密接な関わりがあることが『日本のピアノ100年』を読んで気付かされました。
そしてその歴史の波の中に沈んでしまった者もいれば、波乗りに成功した者もいるのはいつの時代も同じであるという普遍性も感じられます。

まだこの本を読み始めて100ページほどですが、多くのものを吸収したいと思います。