私はポムポムプリンが好きです。
もともと、渡辺麻友さんのことをいたく応援しておりまして(引退しちゃいました、グスン)、彼女が大好きだったのがポムポムプリン。ならば自分もポムポムプリンを応援するぞ! と一念発起したらそのままのめり込んでしまい、今ではサンリオの株主にもなってしまいました。

しかし私は男です。
男でサンリオファンってあまり、というかほとんどいませんよね。

さらに私はバレエが好きです。

つい先日も東京バレエ団の上野水香さんが「ボレロ」を踊るというので東京文化会館で鑑賞し、深い感銘を受けました。その前も新国立劇場で『ライモンダ』を観てきました。こちらもこちらで精緻丹精な演技に引き込まれ、滅多に上演されない演目なだけに「次にこの作品を見るのはいつだろう?」という感慨すら覚えました。

しかし私は男です。
男でバレエファンってあまり、というかほとんどいませんよね。

さらに私の身長は155cmです。
この身長を偏差値で表現すると、20です。

偏差値20! これは下位0.13499%にいることを意味します。大体1000人でヨーイドンをやったら999番目かビリになるっていうことです。うーん、ナチス時代のドイツに生まれていたら劣等人として断種させられていたかも?

男であり、
サンリオファンで、
バレエ好きで、
身長155cm = 偏差値20!

こんなやつ日本全国に一人しかいないでしょう!

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マイノリティであることに誇りを!

このブログは「友だちいない研究所」と言いまして、友だちがいない人の日常を書き連ねるために開設したのが当初の目的でした。

ところが友だちいないネタを続けてポストしているうちに、むしろ友だちいないことに誇りが持てるようになってきました。さらには毎日記事を作成していると自分の考えが少しずつ整理されてきて、自分の心の中をどんどん掘り下げていることを自覚するようになったのです。

そうなってくると、上述のようにマイノリティであることを自覚すると、こうした「マジョリティとの違い」が「他の誰でもない私」であるアイデンティティにすらなっていることになってきて、そのような違いから沸き起こる「どうして私は他の人と意見が交わらないのか」という悩みこそが「自分らしさ」を磨く砥石になっていることにも気付かされます。

夏目漱石は「私の個人主義」でこう述べています。
あなたがたはこれからみんな学校を去って、世の中へお出かけになる。それにはまだ大分時間のかかる方もございましょうし、またはおっつけ実社界に活動なさる方もあるでしょうが、いずれも私の一度経過した煩悶(たとい種類は違っても)を繰返しがちなものじゃなかろうかと推察されるのです。

私のようにどこか突き抜けたくっても突き抜ける訳にも行かず、何か掴みたくっても薬缶頭を掴むようにつるつるして焦燥れったくなったりする人が多分あるだろうと思うのです。

もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また他の後に従って、それで満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとはけっして申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり附随しているならば、)しかしもしそうでないとしたならば、どうしても、一つ自分の鶴嘴で掘り当てるところまで進んで行かなくってはいけないでしょう。
いけないというのは、もし掘りあてる事ができなかったなら、その人は生涯不愉快で、始終中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです。

これは有名な「自分の鶴嘴(つるはし)で自分を掘り下げる」というくだりです。
自分の鶴嘴で自分を掘り下げて、ガチッと鉱脈を突き当てた! という手応えを得たとき、あなたの人生は誰にも打ち壊されない自信を獲得するのだと、学生たちに呼びかけた感動的な言葉です。

この夏目漱石の言葉を念頭に冒頭のツイートに戻ると、こういう「他人との違い」が自分だけの「鶴嘴」たりうると言えるでしょう。

その「鶴嘴」は、私の周りの人が持っているものとは違っているはずですし、またそうであって当然のことなのです。(ハリー・ポッターで一人ひとり持っている杖や呼び出せる守護霊が違っているのと同じことですね。)

ああ、サンリオファンで、バレエ好きで、身長155cmで良かった!