三田紀房先生の人気マンガ『ドラゴン桜2』。
東京大学現役合格を目指す生徒に対して桜木は次のように檄を飛ばします。

目の前のことは全て「やる」
これが今後のお前の行動指針だ

「やらない」方向に成功はない
そこはゼロの人生だ
「やる」方向には失敗もあるが成功の可能性は常にある人生
ゼロか数パーセントか答えは明白
確率があるほうを選ばないのはバカとしか言いようがない

本当のバカはやらないやつのことだ
天野・・・お前は「やる」に進んで失敗を何回か経験しただけだ
やったお前はバカじゃない
失敗した回数はむしろ誇るべきだ
この言葉は真理だと思います。

・・・で終わるとブログ記事として何の価値もないので自分なりに考えたことを付け加えたいと思います。

まずは日本人はリスクを回避してしまいがちな傾向があるということです。


主体的に行動できない日本人

脳科学者・中野信子さんの著作『シャーデンフロイデ』によると、「ウソのルール」を教えてある課題を解かせる心理実験を行うと、途中で違和感を感じて自分なりのやり方を模索するタイプの人と、言われたとおりのやり方を継続する人がいて、彼らの遺伝子を調べていくとドーパミンの分解酵素の活性が高いタイプと、低いタイプがいることがわかったそうです。

ドーパミンをたくさん分解するタイプの人は自分で意思決定することを「楽しい」と感じにくく、あらかじめ決まっているルールに従うほうが良いとみなす傾向がありました。

逆に分解酵素の活性が低いタイプの人は意思決定を「楽しい」と感じられ、従来のルールを踏襲することに魅力を感じないようです。

面白いことに、自分で意思決定することを「楽しい」と感じる人は東アジアでは3割もおらず、日本人の場合はわずか27%。残りは自分で意思決定することが苦痛と感じていました。

他方でヨーロッパではおよそ60%が自分で意思決定をしたいと感じており、なぜ東西でこのような違いが生じたのかはっきりとしたことはまだ分かっていないようです。

ただこのアジアとヨーロッパの違いを見ていくと、なぜ日本人が周りの人にやたらと合わせたがるのか、自己主張をしないのか、そもそも自己主張することをあまり歓迎しないのか腑に落ちるものがありますね。主体的に判断し、行動することを苦痛に感じるわけですから、行動基準は「他人がやってるかどうか」。正直、こういう国民の幸福度はおしなべて低いでしょうね・・・。

しかし日本国憲法にも「すべて国民は、個人として尊重される。」とあり、個々の人間は、その多様な存在のまま尊重されなければならないことを定め、国が国民に対して単一の価値観を強要しないことを宣言しています。これは裏を返せばすべて国民は、自分なりの確固とした価値観をもっていることを想定していることになります。でも実態は自分の意思決定を苦痛に感じ、他人の様子をキョロキョロとうかがっているわけですから、そもそも日本には日本国憲法が想定する「個人」がほとんどいないことが容易に想像されます。

リスクを避ける日本人

こういう状況のもとでは、自ら判断し行動するというごく当たり前のことが社会的に高コストになることがありえます。周りと違うことをすることでKYなやつだという評価がついてしまうと、それをくつがえすことは難しいでしょう。

そうなると、周りが行動しない(たとえば、無謀だと言われても東大合格を目指すと宣言しない)のであれば自分もそこに同調していることがそのときは最適解になります(長期的にも最適解とは言えないでしょうが)。

2010~2014年にかけて行われた、世界の異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査するため、社会科学者によって現在行われている国際プロジェクトである「世界価値観調査」では、「自分は冒険やリスクを求める」のカテゴリーに自分が当てはまらないと思っている人の割合が世界で一番高く、70%強を占めています。このような社会においては、「やる」よりも「やらない」方がマジョリティを占めることになりますから、なおさら「やらない」ことが当然になります。

しかし「やらない」人生は平穏であっても生きる喜びに満ちているでしょうか? 私にはそう思えません。
私が愛読するマルクス・アウレリウスの『自省録』にはこう書かれています。

あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。
せいぜい自分に恥をかかせたらいいだろう。恥をかかせたらいいだろう、私の魂よ。自分を大事にする時など、もうないのだ。人の一生は短い。
このような言葉の裏には、人間の命は有限であり、あっという間に過ぎ去ってしまうのだから今この瞬間を全力で生きよという、自戒を込めたメッセージが含まれていることが感じられます。
このような観点に立つと、「やらない」よりも「やる」人生のほうがはるかに有意義です。

たとえアホ呼ばわりされても、「やる」を選ぶ。これが生きることを楽しくする秘訣ですね!