Cuvie先生のバレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』第7巻では、バレエの動作一つ一つに意味が込められていて、それをお客さんに伝わるようにどう表現すればよいか、ヒロインである奏が弓道部員や演劇部員の動作を見たり、話を聞いたりしながら感得する場面があります。
彼女が踊ることになっているディアナは、弓を射る動作をしますが、それ以外でも深い意味があり、しかし表面的に指導者の動きを真似ているだけではずっと気づかないまま。
バレエに限らず、ピアノやヴァイオリンのコンクールでもメカニカルな動きは得意だが芸術的表現力に欠ける学生が毎年のように登場する(なぜかほとんどの場合日本人)ものです。
その理由は、一つ一つの動作なり、フレーズなりに意味が隠されていて、しかも文化的背景があって成立しているものだということへの考察、そして自分が表現したいものはこれだという燃え立つような意欲がないからだという説明がなされるのが一般的です。
しかしこの場面を読んでいると、やはりバレエとは西洋の文化、いいかえればロジックを重んじる地域の所産であることを改めて思わされるのでした。
「どうしてバレエはアン・ディオールするのか知ってる?」と先生に問い質される奏。
アン・ディオールは、外側に回す体の使い方のことであり、クラシックバレエでは、脚が内股になることは普通起こりえません。全ての動きにおいて、脚は必ず股関節から外側に向くこととされています。
諸説はあるけれど身体を外向きにつまり観客に向かって開くことから来ているの他に脚をあげることもつま先(ポワント)で立つことも跳ぶことも身体を開いて大きく使うことで表現の幅も広がるし何より遠くの観客にも自分の踊りをしっかり届けることができる
こうして奏は、理由を考えたこともなかった動作にも「ちゃんと意味があったんだ!」と悟るのでした。
私はこのやり取りを読んでいると、どうしても言葉でちゃんと説明のつくように整理されたメソッドや技術、合理性のある動作というものが西洋の産物だと思わざるを得ないのです。
というのも、かつて西洋から日本の弓術を学ぼうと来日したオイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』にかかれているやり取りが、『絢爛たるグランドセーヌ』第7巻のこの場面とまったく噛み合わないからなのです・・・。
言葉で説明がつかないものをどうやって教え、体得するのか?
オイゲン・ヘリゲル(1884-1955)は大正時代の日本に招かれ、東北大学で講義を行うかたわら5年間の弓術修行を経て帰国し、母国ドイツで講演を行います。それがもとで岩波文庫『日本の弓術』が出版されることになりました。
ドイツ人といえばやたらとロジカルと相場が決まっていますが、だからこそヘリゲルは「的にあてることを考えるな、ただ弓を引き矢が離れるのを待って射あてるのだ」という師匠の言葉に当惑します。
原文だと長くなってしまうので師匠とヘリゲルのやりとりを簡単にしてかいつまんでご紹介しますと、
師匠「上達しようという意志があることが、まず間違いの始まりである。ちょうどいいタイミングで射ようと”思う”。つまり意識的である。そうではなくて、無心になることを学びなさい」ヘリゲル「それを待っているといつまでも射てません」師匠「大事なのは我を没することである。無になるということがひとりでに起これば、正しく射ることができる」ヘリゲル「無になれというなら、誰が射るのですか」師匠「あなたの代わりにだれが射るか分かるようになったら、あなたに師匠はもういらない」(2ヶ月経過)師匠「あなたは無心になろうとしている。つまり意図的に無心である。だから進歩しないのだ」ヘリゲル「少なくとも無心になろうとしなければいけないでしょう。でなければ無心ということがどうやって起こるのか、分かるはずもないでしょう」師匠「・・・。」
やがてヘリゲルは無心の境地に到達して弓術を取得するわけですが、わからないことをそのままにしようとせず、どこまでも言葉で説明を求めようとする態度は日本人にはちょっと見られないもの。
そして言葉で説明がつかないことを言語化しないままでおくのもヨーロッパの人には理解不能でしょう。
バレエという伝統芸能を継承しているのは、ロンドンやパリ、サンクトペテルブルクを始めとする欧米各地に立地しているバレエ団であり、またバレエスクールです。それぞれにメソッドというものが世代を超えて受け継がれていますが、ということは人が入れ替わっても守り抜かれるだけの明確なルールというものが確実に存在していることの現れであり、つまり技術を弟子へ教育するための「言葉」や「論理」が欠かせません。逆にいうとそれだけ普遍性を持ちやすく、だからこそ東洋人もバレエを習得できるといえるでしょう。
『絢爛たるグランドセーヌ』第7巻を読んで、このようにふと日本と西洋の違いを連想してしまいました。8巻ではYAGP日本予選がついに始まります。いったいどういう展開になっているのでしょうか??

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