ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』のヒロインでもあり、また世界名作劇場の『トラップ一家物語』でもとりあげられたマリア・フォン・トラップ。

彼女の回想録『サウンド・オブ・ミュージック』(ミュージカルと同名)は日本では2021年現在絶版となっていますが、アマゾンを使えば中古品を簡単に入手できるはずです。

日本語版は上下巻の構成であり、上巻はマリアがノンベルク修道院で修練女として修行をしている場面から始まり、トラップ家の家庭教師となり、やがてトラップ男爵と結婚、トラップファミリー合唱団を結成して大評判となるもナチス・ドイツがオーストリアを併合し、やがて亡命を決意するところで終わっています。どのような嵐が襲いかかってきても、マリアの筆致はつねにポジティブなものであるkとに驚かされます。

『サウンド・オブ・ミュージック』や『トラップ一家物語』だけを見ていると気づきませんが(とはいえこの2つもともに名作の名に値することはもちろんです)、修道院出身だけのことはありマリアの信仰心が随所に顔を出し、神を信じる心がナチス時代にも、また亡命を決意したときにも、アメリカでの暮らしを続けるうえでも彼女の支えになっていたことがうかがわれます。
これだけでも、人間のなかに占める精神活動の大切さがよくわかります。

妻を亡くしたあと、冷え切っていた家庭にぬくもりをもたらしたマリア。
彼女が知っていた聖歌を始めとする音楽でクリスマスを楽しいものにし、トラップ男爵から深く感謝される場面はたいへん美しいものです。
深夜のミサにくるために、屋敷をでようとしたとき、艦長が部屋からでてきて、両手でわたしの手をにぎり、いったのだ。
「これまでは、クリスマスの日を一年でいちばん恐れていたものです。けれど、今年はあなたのおかげですばらしい日になりました。ほんとうにありがとう」
艦娘の美しい褐色の目には、暖かい光がともっていた。これまでのつらそうな、落ちつきのない表情とはうってかわった、わたしのはじめて見るやさしい目だった。
一家が財産を預けていた銀行が破産してしまったあとも、下宿者を受け入れ、礼拝堂を屋敷に設置することになったことも「天の恵み」と表現するなど、強い信仰心がなければできなかったことでしょう。

『トラップ一家物語』では『サウンド・オブ・ミュージック』よりもはるかに感動的に描かれているオーストリア併合、そして亡命を選ぶくだりもやはり「信仰」がこの決定を支えていたことが読み取れます。
トラップ男爵はドイツ海軍への復帰を拒否、息子ルーペルトのウィーンの病院での要職着任を拒否、さらにはオストマルク(オーストリア)代表としてヒトラーの誕生日での合唱を拒否。

トラップ男爵はマリアと子どもたちを前にして語ります。これは『トラップ一家物語』でもこの回想録でも時代の流れに抗う個人の勇気が現れる瞬間であり、ひときわ感動を呼ぶもの。
「いいか、わたしたちはいま、選択をせまられているのだ。このまま、現在の物質的な幸せを保持したいか、つまり、昔の由緒ある家具、たくさんの友だち、あらゆる好きなもの、そういうものをずっと失いたくないか? しかしそれは、精神的な幸せをなくすことだ、信仰と名誉をなくすことなのだ。両方をとることはできない。いま、みんなで歌えば、お金はかせげるだろう。しかし、それがわたしたちに幸せをもたらすかどうかは疑問だ。わたしは、むしろみんなに、貧しくとも、正直であってほしい。もし、そちらを選ぶとしたら、わたしたちはこの国を去らなくてはならない。どうだ、みんな、賛成してくれるか?」
みんな、いっせいにこたえた。
「はい、お父さま」

「よし、すぐにここをでよう。ヒトラーに三度ノーはいえない。もう、危険だ」

上巻は新約聖書の「マタイによる福音書」のこの言葉で締めくくられています。「なによりもまず神の国と神の義をもとめなさい。そうすれば、それにくわえてこれらのものはすべてあたえられる」。

マリアの回想録で一貫しているメッセージは「御心が行われますように」。
マリアとその家族はまさに「御心」によって生き、そして歴史の転換点にあって自らの信仰心に基づいてためらうことなく正しいと信じたことを実行しました。

果たして、この信仰心なくしてトラップファミリーは歴史に名を残すことができたかどうか・・・、ナチスに迎合した音楽家として戦後は糾弾されていた可能性もあります。(戦後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の団員の1/4がナチスに関係していたことがわかり、しかし彼らを追放すると楽団として運営ができなくなってしまうので不問に付されたという話から考えると、「あのときはしかたなかった」で済まされていたかもしれません。)

そう考えるとやはり「信仰心」が彼らの羅針盤であり、またどのような時代であっても宗教は悩める人びとの指針となることが実証されたと言えるでしょう。