かつて私はaikoさんの聖地巡礼をしたことがあります。

三国駅とか、ガロとか・・・。これをきっかけに大阪が大好きになり、この街を訪れるたびにむやみと長い商店街を歩きながらついニヤニヤしてしまいます。

aikoさんの代表曲といえば「カブトムシ」。ご自身は著書『aiko bon』の中でこのように解説しています。

昆虫のなかでいちばん強い、ライオンみたいな存在じゃないですか、カブトムシって。甲羅もすごい硬いし。でも甲羅なんて1枚はがしてしまえば、すっごい柔らかくてすごいもろくて、強いがゆえに単体で生きてる、実は寂しい虫なんじゃないかなぁって思って。
甲羅は、自分を守るためでもあるけど、虚勢を張ってるようにも見えるし。

大変な想像力です。ここから一気に連想を拡げて完成した歌詞世界が「カブトムシ」。

aikoさんの言葉は、夏目漱石の『こころ』を読んでいたある日フラッシュバックしてきました。

に詳しく書いたことがありますが、主人公と友人Kは2人でとある下宿に暮らすことになります。
ここには未亡人の奥さんと、その娘である「お嬢さん」が住んでいました。

Kはもともと医者になることを期待されていた優秀な学生で、その道を哲学を究めたいという理由で断ち切ることになり郷里と縁を切ることになってもなお向学心を忘れることがない、常に学びを追求するストイックな人物でした。
なにしろ自分の専門分野とは関係がないのに聖書やコーランを読みすすめるくらいですから・・・。
今なら簡単な「マンガでわかる」式のガイドブックもありますが、当時は明治時代。自分で原典を読む以外に理解の道筋はありませんでした。

「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」。そう言うKは古典を学んで人間性を高めてゆくことを何よりの喜びとしていました。

ところが下宿先でお嬢さんと知り合うと状況は一変します。

Kはあっという間にお嬢さんのことで心がいっぱいになり、学問がだんだん手につかなくなってしまったのです。

姜尚中さんはNHKの『100分de名著』で『こころ』を論じ、次のように言葉を交わしています。
「一度門を開くと、自分で水量を調整できないくらい人を好きになってしまう人だ」

「恋愛になったら行くところまで行く。混じりけのないひとだった。もしかしたらKは同じ屋根の下に住むお嬢さんの色香のことで気が狂いそうだったかもしれない」

「Kはそんな(ことを考える)人じゃないと思われていた。Kは孤高の人だった。だが逆に弱い人だった。混じりけのないものを求めるからこそ場合によっては弱さが露呈する場合もある」

つまり「心のダムを一度開くとずっと水を流しっぱなし」になってしまうようなもの=恋愛体質で、要するにゼロか1かで中間がないようなのです。

・・・あれ、孤高の人なのに一度門を開いてしまうと愛の道を突き進んでしまうのって、なんだか「カブトムシ」を連想させるではありませんか。
もう一度aikoさんの言葉に立ち返ります。

昆虫のなかでいちばん強い、ライオンみたいな存在じゃないですか、カブトムシって。甲羅もすごい硬いし。でも甲羅なんて1枚はがしてしまえば、すっごい柔らかくてすごいもろくて、強いがゆえに単体で生きてる、実は寂しい虫なんじゃないかなぁって思って。
甲羅は、自分を守るためでもあるけど、虚勢を張ってるようにも見えるし。
カブトムシをKに置き換えてみると、すごく硬い甲羅=学問を究めようとする向上心で周りを固め、それ以外の要素を跳ね返してしまうのであり、その甲羅というガードが破られてしまうと、もう後はなすすべがない。

実は自分もKのような節があります。「友だちいない研究所」などとうそぶいて人間関係を拒んでいるようにみえますが、じつはその壁が崩れてしまうと・・・?

aikoさんの言葉もそうですが、いろいろな経験を自分なりに咀嚼し、混ぜ合わせることで古典の読み方も変わってくるようです。だから古典は素晴らしいんですね。