2021年5月23日、サントリーホールで行われた日本フィルハーモニー交響楽団第392回名曲コンサート。

このプログラムにとりあげられたブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』のソリストが神尾真由子さん。
彼女の演奏するブラームスを聴くのは初めてでしたが、これがなんとも墨痕鮮やかなとでも形容したらよいのでしょうか、力感あふれるばかりのオフェンシブな演奏でした。

最初の第一音からして強い表現への意志を感じさせます。この音作り、他にだれか似たような傾向のヴァイオリニストはいたっけ・・・、と家にある同じ曲のCDの記憶をたどると・・・。

グリュミオー。いやこれは違う。

ハーン。もっと違う。

ハイフェッツ。いやあれはハイフェッツというジャンルだから比較不可能。

フランチェスカッティ。明るすぎるかな。



ヌヴー!? ・・・そう、これこれ! 

このどんどん前に突き進んでいく軍馬のようなイメージ。雄渾、誇り高い音色、なおかつブラームスらしい叙情をたたえたロマン派らしいドラマチックな演奏といえば大体的中していると言ってよいでしょう。
第1楽章の第1主題がこれから始まるものへの期待を掻き立てる音楽だったとすれば、第2主題は「この曲は一見ヒロイックに見えるけれど、じつはこういう情緒もありますよ」というもう一つのブラームスの顔。おそらくこの曲を好きだという人はこのメロディをきっと気に入っているはず。神尾真由子さんは秋深まるドイツの森を思わせるような重厚な音をホールいっぱいに満ち溢れさせ、この時点で名演奏になることを確信しました。

こうした勇ましさ、力強さとロマン派らしい情緒の使い分けは全曲を通じて一貫し、わけても第1楽章のカデンツァからコーダに至るまでの躍動感、その裏にある一抹のはかなさは・・・、その場にいた人しかこれは分かりませんね。

第2楽章のオーボエとの対話も、秋を連想させるかと思いきやソリストとしての存在感が確立されており、あくまでも「協奏曲」であることを思い出させます。
第3楽章に入ると俄然ヴァイオリンは躍動感を増し、そうは言っても"Allegro giocoso,ma non troppo vivace - Poco più presto"であるだけにブラームスらしい「溜め」が随所に顔を出します。

若手ヴァイオリニストがこの曲を演奏すると、たしかに精緻ではあるものの「溜め」がいささか不足するような雰囲気の場合がしばしばあり、ブラームスらしいコクの乏しさが気になることがありますが(といっても聴覚上の違いはほんのわずかですが、その「わずか」が感じ方をガラリと変えるのがヴァイオリンの難しさ)、神尾真由子さんは経験的にその表現を十分理解されていらっしゃるのか、危なげなく「ブラームスの」協奏曲を響かせていました。

2020年から今年にかけて海外からの演奏家の往来が難しくなる一方で、日本人の音楽家の実力を改めて確認する機会が増えてきました。今回の神尾真由子さんのブラームスもまさにその好例だったと言えるでしょう。

こうなってくると俄然他の曲が聴きたくなり、どうやらバッハの『無伴奏』も録音を発表しているようですので、ホールで聴いてみる「シャコンヌ」が一体どんなものなのか・・・、これは興味が尽きない!