貧すれば鈍するという言葉を聞いたことがあるでしょうか。

文字通り、貧しくなれば知恵が衰え、頭の回転も鈍り、愚か者になってしまうという意味です。
なりたくはないですね・・・。

でも日本では失われた10年が20年になり、いつの間にか30年になりました。
一人あたりのGDPでは平成初期では世界一だったのですが、2020年時点では世界23位まで低下。

2000年代から格差という言葉が使われ始め、2021年には日経新聞も中間層が日本から消滅したという内容の記事を書くほどまでになりました。

その結果、何かと貧困を意識することも多くなったはずです。
これから日本は人口減少の歯止めがかからず、ますます長期的にみて停滞または下落のトレンドを抜けることは難しいでしょう。日本の反映は戦後50年ほどしか継続せず、農村地帯から工業地帯へ人口を集中させ、付加価値の高い工業製品を輸出して外貨を獲得するという成功モデル自体がじつは様々な角度から見ると持続不可能なものだったということであり、「大航海時代のあと、なぜポルトガルは衰退したのか」という問いへの答えにも似て、要するに持続可能性が社会のあり方に実装されていなかっただけのようです。

さてこれから貧困がますます広まり、格差が拡大することはほぼ確実と思われますが、「こうであってほしくない」という「貧すれば鈍する」という実例があります。

わずか数千円~数万円程度の報奨金目当てで人を密告するというものです。

ユダヤ人密告の報奨金は7.5ギルダーだった

ギルダーとはオランダの通貨です。
第二次世界大戦が始まる数年前から、ヒトラーの迫害を逃れようとオランダには多くのユダヤ人たちが逃れていました。

ところが1940年にオランダも占領されてしまうと、徐々にユダヤ人たちへの締め付けが厳しくなり、やがて捕縛され強制収容所へ送り込まれる者たちが目立って増えてきました。

オランダへ逃げていていたユダヤ人の家族オットー・フランク家にはアンネとマルゴーの二人の娘がおり、姉マルゴーのもとへ1942年夏のある日、強制労働の召致状が届きます。
一家はただちにアムステルダム中心部の隠れ家で潜伏生活を始め、その暮らしは2年以上続きました。

1944年夏にノルマンディー上陸作戦が決行されて趨勢は一気に連合軍有利に傾きますが、同年8月には密告により捕縛され、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所へ送られてしまうのでした。

ナチスは当初ユダヤ人一人あたり7.5ギルダー(2021年時点の日本円に換算すると、1ギルダーは820円ほどの価値のようです)の報奨金を支払っていましたが、のちに25ギルダーまで跳ね上がりました。密告を奨励していたのです。

25ギルダーというと2万円ですから、4人家族がここにいるぞと密告すれば8万円がもらえる計算になります。

そうして多くのユダヤ人たちが潜伏生活を暴かれ、強制収容所へと送られてゆきました。ほとんどは戻ることがありませんでした。

たかだか数千円~数万円のためにそんなひどいことを? と思うかもしれませんが、当時のオランダは戦時統制経済下に置かれ、食料品などは配給きっぷがなければ入手不可能になっていました。
戦争末期には燃料すら不足し、街路樹が切り倒され、木製の扉すら剥がされ薪木に使われているほどでした。

こういう状況のもと、お金がない、自分の暮らしが成り立たないということがリアルに想像されるようになると、人はナチスに協力してでも自分の生活を優先するようになるのでした。

戦後オットー・フランク(フランク一家のうち唯一生還)と再婚した女性フリッツィもやはり同胞オランダ人の裏切によりアウシュヴィッツへ送られた一人。

最初はナチスを嫌悪し、ユダヤ人を匿っていた善良な市民たちもゲシュタポの捜索活動が厳しくなると露骨にユダヤ人家族を嫌悪するようになり、しまいには「しばらく外出することはないでしょうから、その毛皮のコートはあなたが持っていても意味がありませんわよね」と強請を始めたこと、そして潜伏先を何度も変えざるをえなかったこと、最後は支援者だと思っていた親切そうな女性がじつはナチスとグルで、隠れ家まで尾行されたことが決定打となって一家全員が捕縛されてしまったこと・・・。フリッツィの娘エヴァ(戦後、アンネ・フランクの義姉となる)は回想録のなかでそう記しています。

これこそまさに貧すれば鈍するの悪しき実例であり、窮地に陥ると人はどんな卑怯なことでもやってしまうという人間の闇を暴き出した歴史の一コマと言えるでしょう。

私は最近まとめて『アンネの日記』『アンネの伝記』『アンネのこと、すべて』『エヴァの震える朝』などホロコーストに関連する本を集中的に読みましたが、ナチスによる迫害、ナチスに協力する市民(戦後何食わぬ顔で日常に復帰)、盗難が横行する強制収容所の生活、生還後も長年にわたり続いた精神的苦痛など、「人間とは何か」という問いに対して、「貧すれば鈍する」だけではなく様々な面に光が当てられて照らし出されてゆくような思いをしました。

やはり歴史は学ぶべきだと、強く思いました。