20世紀を代表するヴァイオリニストであるハイフェッツ。
彼の録音はモノラルからステレオ初期に集中しており、神業ともいえる技巧を観察しようにも音質がちょっとね、というときがしばしばあります。

ところが近年になって音楽評論も手がけている平林直哉さんがGLAND SLAMという復刻レーベルを立ち上げており、このなかにハイフェッツの録音も含まれています。
これがまた極上の音質なのです。

たとえば私が聴いた録音はこちらになります。

[収録内容]
1. ブラームス : ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
2. ブルッフ : スコットランド幻想曲 Op.16

ヤッシャ・ハイフェッツ (ヴァイオリン)

1 : フリッツ・ライナー (指揮) | シカゴ交響楽団
2 : サー・マルコム・サージェント (指揮) | ロンドン新交響楽団 | オシアン・エリス (ハープ)

セッション録音
1 : 1955年2月21&22日 / オーケストラ・ホール (シカゴ)
2 : 1961年5月15&22日 / ウォルサムストウ・タウン・ホール (ロンドン)

使用音源 : Private archive (2 トラック | 38センチ | オープンリール・テープ)
録音方式 : ステレオ (アナログ)

このCDに寄せて、平林直哉さんは次のようなコメントを残しています。
ハイフェッツの2トラック、38センチ、オープンリール・テープ復刻第4弾です。ブラームスはGS-2050(2011年8月、2トラック、19センチのオープンリール・テープ使用/廃盤)以来の復刻ですが、ブルッフは当シリーズ初復刻です。音質については、従来通りと申し上げれば、それで十分かと思います。

たしかに私は以前ハイフェッツの演奏するブルッフの『スコットランド幻想曲』を聴いた時、「あれ、こんなもんなの? なんだか音が汚いな」という印象を持ってしまったことがあります。

どうやらそれは録音のせいだったらしく、今回の復刻では一つ一つの音が非常にクリアになりハイフェッツがいかにすべての音符に意味を持たせようと工夫を凝らしていたかがこれまでのCDよりも明確に伝わるようになりました。

細かいパッセージも曖昧なところが一瞬たりともない、明快極まりない正確無比の左手の動きが目に見えるようで、フレージングの良し悪しを決める右手の緩急自在なこと・・・。
そしてわずかの迷いすら一切感じさせない、「これ以外の選択肢はありえない」とすら思える、とくにE弦の音程の正しさ・・・。

ハイフェッツが弾くブルッフの『スコットランド幻想曲』は、これが本当にウォルター・スコットの騎士道小説『アイヴァンホ―』にインスピレーションを受けて書かれた作品なのか、そういう成立の背景を意識して演奏しているのかというとかなり怪しいでしょう。もうこれはスコットランドというよりも完全にハイフェッツの世界と言わざるを得ません。

それはベートーヴェンであれブラームスであれ同じことで、どの曲を弾いても「ハイフェッツ」というトレードマークが刻印されているのが彼の恐ろしさでもあり、また彼のアンチが批判するところでもあるでしょう。

私はどうか? というと、このGLAND SLAMというレーベルを通じて改めて・・・、いや初めてハイフェッツの恐ろしさを知りました。
本当は私はグリュミオーのほうが好きですが、なぜ「ハイフェッツ」が20世紀において孤高の存在だったのかはこのCD1枚を聴くだけでもよく分かりました。なおかつ、こういう高品質のCDはヘッドホンで聴くのもいいでしょう。すべての音が克明に聴こえるぶん、ハイフェッツのような表現スタイルにうってつけのはずです。