株式投資をやっていると、わりと頻繁に買った株が値下がりして損切りの決断を迫られるときがやってきます。

長期投資として自分が応援したい企業の株を保有しているならともかく、短期的売買を繰り返して利益を得ようとするのなら、いつ損切りするか、どれくらいの損失なら許容できるかをはっきりとマイルールとして決めておいて、そこから少しでも逸脱したら躊躇せず損切りする勇気が必要です。

でも「もうちょっと待てば値上がりしてプラスマイナスゼロまで復活するんじゃないか」という余計な期待をかけるあまり、ますます損失が膨らんでしまったという経験をしたことがあるでしょう。

損切りは損失を確定させる行為ですから怖いと感じるのも当然でしょう。

しかしその「怖い」という感情には、もっと奥深いものが潜んでいるように思えてなりません。
それは「自己愛」です。

株の損切りが怖い理由は、「真実」と向き合うから

株の損切りで結果として自分の資産を減らしてしまった。
損切りしなければ、塩漬けにしていれば、いつか黒字になるかも・・・。
そんな日は来ないと知りつつもそうやって損切りから目を背けている人もいるでしょう。

損切りが怖いと思うのは、つまり「真実」と向き合うことになるからではないでしょうか。

真実は太陽光線のようなもので、直視できません。
真実は苦く、たとえばあなたのためを思って誰かが苦言を呈したとしてもあなたを傷つけることになります。
フランスの哲学者パスカルは、人間は、自己愛によって、現実をきちんと直視出来ないことが多いと提唱しています。耳の痛い真実は、身分の上下に関係なく、あらゆる人を傷つけるからです。
さらにパスカルは、人間の考えることは、常に自己愛によってゆがんでおり現実をありのままに見ることができないとも考えていました。

株の損切りができないのは、自分の判断が間違っていたと認めざるを得ず、そんな真実と向き合うことへの恐怖感が背景にあると思えてなりません。

輪をかけて厄介なのは、このような自己愛=自分を認めてほしいという願いこそが人間の生きる原動力になる・・・、パスカルはそこまで考えていました。

つまり株を買って資産を増やそうという願望を持つことも、それが裏目に出て損切りをためらうのも、どちらも人間らしい願望だということになりますね。

個人的な経験から言えば、株の個別取引というのは割に合うという実感がありません。
企業研究をして、収益性を調べて、株主優待をチェックして、というプロセスに時間を取られます。
それで儲かるかどうかは別問題となれば、「時間とエネルギーを費やして100万損しました」ということだってありえます。

私はとある応援したい企業の株式だけは長期保有することにして、今ある塩漬けの株(お前も損切りできないやんけ!)がいつか黒字に転換したら売却しようと思っています。
株式は個別に取引しなくても、毎月積立しているセゾン投信やウェルスナビが世界中の株に分散投資してくれていますから、間接的にトヨタやアップルの株を保有しているわけですし、運用はプロのファンドマネージャーやAIがやってくれています。正直、そっちのほうが圧倒的にラクかつ収益も上がっているので、株の取引はもう引退でもいいやと思っています・・・。