フルニエって、チェリストじゃないの? と思う人が大多数だと思います。

自分もそう思っていました。チェロの貴公子と呼ばれたフルニエはハイドンやドヴォルザークのチェロ協奏曲やバッハの無伴奏チェロ組曲など、数々の気品あふれる音色に満ちた名盤を残しました。

が、そのフルニエには弟がいました。

ジャン・フルニエ。ヴァイオリニストであり、やはり兄と同じく気品に満ち、それでいてチャーミングな音を響かせる、21世紀になってしまってからはすっかり社会から姿を消してしまった、洒落っ気たっぷりの音楽家でした。

Fournier

ジャン・フルニエのモーツァルト、ヴァイオリン協奏曲を弾く人なら必聴

ジャン・フルニエは1911年に生まれ、2003年に没しました。かなり長生きだったようですね。
来日したこともあり、日本でレコーディングを行ったこともあります。

ところが日本で録音したレコードというのが幻の一枚となっており、中古ショップでもめったに見かけることがありませんでした。
それを、GLAND SLAMというレーベルで平林直哉さんが復刻しています。
カップリングはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番と第5番。(というか、そのカップリングに日本での録音が加えられていると言ったほうが正しいですね。)

フルニエは妻でありピアニストのジネット・ドワイヤン[1921-2002]と世界各地を回っていましたが、1958年初頭、夫妻は日本を訪れ、その際日本のレコード会社によって小品が収録されました。この録音は45回転盤のみの発売だったせいか、その存在はほとんど忘れ去られており、中古市場でも極めて入手が難しいものです。さらに、解説には当時、ウエストミンスターの文芸部長だった今堀淳一氏による録音現場の貴重な証言を、ご遺族の特別の許諾により転載しています。

(https://www.hmv.co.jp/en/news/article/1307250051/より、平林直哉さんの文章)

私はフルニエ来日当時のコンサートの批評がないか調べてみたところ、毎日新聞夕刊・1958年1月19日に評論が掲載されていました。評者は平島正郎さんという方で、内容は次のとおりです。

甘美な音色 フルニエ
きのうジョイント・リサイタル
透明なタッチ ドワイヤン(注:共演ピアニスト)

フルニエ、ドワイヤンのジョイント・リサイタルは、ドワイヤンのひくベートベンのソナタ作品110ではじまった。とかくひとは、フランス人のドイツものに小首をかしげたがる。だが、なかなかどうして、このベートベンは細かく配慮がすべてにゆきとどき、叙情もすなおで、いい演奏だったと思う。

(以下、ドワイヤンの評論は割愛します)

ラベルといえば、フルニエのひいた「チガーヌ」も面白かった。彼のバイオリンは、技巧にソツがなく、音色は優しく甘美なのだが、そこにいつも過度を排する節度がある。そんな特色は、むろん表現についてもいえることだ。そして彼は、この曲をいかにも適切な表情で、さわやかにひいてのけたのだった。

私が買ったCDに収録されている内容は次のとおりです。

・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219『トルコ風』

 ジャン・フルニエ(ヴァイオリン)
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 ミラン・ホルヴァート(指揮)

 録音時期:1952年6月
 録音場所:ウィーン、コンツェルトハウス
 録音方式:モノラル(セッション)
 使用音源:Westminster (U.S.A.) XWN 18549 (33 rpm)

・ドビュッシー:レントよりおそく
・ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
・フォーレ:子守唄 op.16
・ラヴェル:一寸法師(組曲『マ・メール・ロワ』より)

 ジャン・フルニエ(ヴァイオリン)
 ジネット・ドワイヤン(ピアノ)

 録音時期:1958年2月19日
 録音場所:東京、赤坂、ラジオセンター・第1スタジオ
 録音方式:モノラル(セッション)
 使用音源:Westminster (Japan) WF 9001 (45 rpm)

モーツァルトはモノラルですが、GLAND SLAMというレーベルは非常に音質が優秀で、モノラルだからといって敬遠する必要はまったくなく、「音色は優しく甘美なのだが、そこにいつも過度を排する節度がある」、そんな現代では死語になってしまった演奏を耳にすると、最近のヴァイオリニストの演奏が、スマートといえば耳あたりはないものの、実際には痩せこけて余裕のないものに聴こえてしまうかもしれません。

むしろ「昔はこういう演奏が尊敬されていたんだ」ということが分かるだけでも、特にモーツァルトヴァイオリン協奏曲に実際に取り組んでいる人にこそ聞いていただきたい一枚だと言えるでしょう。

中古盤はアマゾンでも取引されていますが、在庫も価格も安定しません。
ディスクユニオンなどで見かけたら躊躇せず買うべきだと思います。