ヴァイオリンには4本の弦があり、通常の弓を使うと2つか3つまでしか同時に音を出すことができません。
バロック弓という、一般にはほとんど販売されていない弓を使えば4つまで出せるようなのですが、そもそも使っている人はプロ奏者でもまず見かけません。いるとすれば古楽奏者ですね。

バッハの代表作『無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ』でも4つの重音が書かれていることがあります。
しかし4つを同時に出すのは不可能ですから、大抵の人は和音を2+2に分散して演奏します。

他にも「楽譜にはこう書いてあるけれど、現実には演奏不能だよね」というような箇所は、プロの場合ですと音をさり気なく間引いたり、残響を利用した錯覚など、いろいろなテクニックを使って『無伴奏』を披露しています。



でも、これってファミコン音楽みたいじゃないですか?

名作『ドラゴンクエスト』の音楽に『無伴奏』との共通点を感じてしまう

ファミコンRPGの名作『ドラゴンクエスト』の音楽を手掛けたのはすぎやまこういち先生。
テーマ曲をはじめとして、IIのエンディング曲「この道わが旅」やIIIの魔王に立ち向かう勇者の勇気を表現したゾーマ戦の音楽など、名旋律にあふれています。

じつはファミコンというのは機能面で相当制約が厳しく、同時に鳴らせる音は4つが限界でした。
この「4」の中に、音楽そのものと効果音の両方が含まれます。
ということは音楽と効果音を合わせて4なのです。4つの音をすべて音楽に割り当ててしまうと、何かの効果音が出てきたときに音楽の一部が途切れてしまうのです。

例えば『ドラゴンクエスト』でいうなら、人と喋っているとメッセージが流れるときにポロポロという音が聞こえてきますが、これで1音を使っているので、残った3音を駆使して作曲しなくてはならないのです。

この他、呪文を唱えると「テロテロ」のような音が流れるので、そのときに音楽が途切れないようにすると、せいぜい2音で音楽を構成しなければいけません。ピアノだと同時に10の音を鳴らせますし、オーケストラならいろんな楽器にいろんなメロディを担当させることができます。これと比べるとなんというハードルの高さでしょう!

すぎやまこういち先生の才能のすごいところは、途中からゲームの制作に参加して時間的にも明らかに余裕がなかったはずなのに、このハードルを乗りこえて素晴らしいメロディを作ってしまったことです。
テーマ曲からはホルンをはじめとする金管楽器の誇らしげな総奏をイメージしてしまいますし、フィールドの音楽は一人旅を続ける孤独な勇者の様子が目に浮かびます。「にじのしずく」を使った時の音楽にはハープの音色を想像しない人はいないでしょう。

こういう制限がある中で達成された素晴らしさというのは、ヴァイオリンの無伴奏曲と似通っています。
一挺のヴァイオリンつまり同時に使えるのが2つか3つの音でメロディ、内声、低音をぜんぶこなしつつ、喜怒哀楽だったり祈りといったような人間の様々な感情を表現しなくてはならないのです。普通無理でしょう。
作曲家の新垣隆さんもヴァイオリニスト・川畠成道さんから無伴奏曲の作曲を依頼されたとき、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタはオーケストラの交響曲を作るより更に難しいものだ」と答えたそうです。

「無伴奏の世界」というCDにはその作品が収録されており、たしかに作曲にあたっての苦労を想像させる内容になっています。

『ドラゴンクエスト』の音楽なり、バッハの『無伴奏』なり、厳しい制限はときに素晴らしい創造につながるということを示唆しているようで、実に興味深いお話ではありませんか。