前回に引き続き、第二話「コスモナウト」について考えてみたいと思います。
コスモナウトというのは宇宙飛行士のこと。ロケットの打ち上げで有名な種子島が舞台だからこういう題名が付けられているようですね。
第一話で東京に住んでいた貴樹は両親の仕事の都合でこの島に引っ越してきて間もなく澄田花苗と知り合います。
花苗は貴樹に思いを寄せるようになり・・・。
ここでもやはり第一話と同じく二人の距離感がお話の中心に据えられています。
小説『秒速5センチメートル』第二話「コスモナウト」の読書感想文に使えそうなポイント
第一話では東京と栃木という距離が貴樹と明里を隔てていました。
第二話は同じ島のなかで物語が進み、同じ学校に通っている二人。話しかけようと思えばいくらでも可能な状況です。第一話と比べると、二人の物理的な距離というのはゼロと言っても過言ではないでしょう。
でも心理的な距離はどうなのでしょう。
この小説の英語のサブタイトルは"A chain of short stories about their distance"であり、日本語にすると
「彼らの距離についての短い物語」。
新海誠監督は常に人のすれ違いや距離感をテーマに創作していますから、「コスモナウト」でも貴樹と花苗の心理的距離感が描かれていると見るのが自然でしょう。
実際に文章を読んでみると、花苗は貴樹のことがたまらなく好きだというメッセージが誤解しようがないほどはっきりと書かれています。
私は彼に片想いをしている。実にもう五年間も。名を遠野貴樹くんという。そして遠野くんと一緒に過ごせる時間は、高校卒業までのあと半年しかない。
でも貴樹は明里へのメールを書いては消し、書いては消しということを繰り返し、昔好きだった女の子への思いを断ち切ることはなく、花苗の気持ちを知りつつも受け入れることはありませんでした。
このように、「同じ場所にいるはずなのに二人の視線が交錯しない」というところが第二話のポイントでしょう。
象徴的な場面をひとつ引用してみましょうか。
第二話の終わりでロケットが打ち上げられる瞬間があります。
二人は夕暮れの空に向けて勢いよく発射されるロケットをだまって見上げます。
やがてゆっくりと鳥と虫と風の音が戻ってきて、気がつけば夕日は地平線の向こうに沈んでいる。空の青は上の方からだんだんと濃さを増し、星がすこしずつ瞬きだして、肌の感じる温度がすこしだけ下がる。そして私は突然に、はっきりと気づく。私たちは同じ空を見ながら、別々のものを見ているということに。遠野くんは私を見てなんかいないんだということに。
この「同じ場所で同じものを見ているはずなのに、実はそうじゃない」というのは後年『君の名は。』でも繰り返されるものであり、まさにこれが人と人の距離感を芸術的に表現したものと言えるでしょう。新海誠監督にとって重要なモチーフであり、『秒速5センチメートル』といい『君の名は。』といい、要点はここにあると考えて不自然はありません。
仲の良かった同級生が、卒業して別の大学に進学したらだんだん話が合わなくなった、同じ大学の同じ学部学科に在籍していたのに、就職した業界がまるで違っていて話が合わなくなった、結婚した、していない、子供がいる、いないでまた話が合わなくなる・・・、それで人間関係も切れていく・・・、じつは人生はそういうことだらけです。誰もそんなことを教えてくれませんが。
第二話「コスモナウト」では宇宙に打ち上げられるロケットが描かれていますが、これもある意味人生の比喩表現であるように思えてなりません。
果てしなく広がる宇宙。見たこともない星雲を目指して無音の宇宙空間のなかで孤独な飛翔を続け、密かに未知の生命体や宇宙の秘密との遭遇を期待するロケットの姿というのは、いつ誰と出会い、そして別れてゆくかもわからない人間の人生を詩的に表したものではないか・・・。
こういうのを深読みのしすぎというのかもしれませんが、そういう読み方を許容するのが優れた文学であり、人間心理の複雑な綾でもあります。
詩人・谷川俊太郎さんは「二十億光年の孤独」という作品で次のように宇宙の孤独者同士の距離を表現しました。
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ
万有引力とは
ひき合う孤独の力である
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
ここでは地球と火星の距離感、引かれ合う孤独の力が描かれていますね。
「コスモナウト」では、種子島という島の中でもやはり人と人の間には距離があるのだ、その距離感に人は涙し、嗚咽するのだ、高校生にとってはそれが痛いほどの切なさなのだということを描いたもののように思えてなりません。
さて第三話「秒速5センチメートル」では、ふたたび東京に舞台を移し、貴樹の大学時代から就職して数年間のことが描かれています。
貴樹は果たしてどんな大人になったのでしょうか・・・。
引き続きこの小説について考えていきたいと思います。

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