ヴァイオリニストなら避けては通れない曲であり、そして最後に到達すべき曲であり、そして何度でも戻ってこなければならない、バッハの『無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ』。

とくにパルティータ第2番の「シャコンヌ」はヴァイオリン無伴奏曲の最高峰であり、1720年に生み出されて以後、人類はこれを越える無伴奏曲を世に送り出すことができていません。

その『無伴奏』、ただ弾いていると気づきはしないのですがやはり無視できないエピソードがあります。

曲を演奏するとき、「大事なことはすべて楽譜に書いてある」という立場の人もいれば(指揮者トスカニーニなど)、作曲の背景に踏み込んで演奏に活かそうとする考えの人もいます。

どちらにしても結果が伴っていなければダメですが、作曲の背景は知らないよりは知っているに越したことはないでしょう。
バッハの『無伴奏』で刮目すべきエピソードとは・・・。

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バッハの『無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ』は亡き妻への思い出か

1720年5月、ケーテンの宮廷楽長だったバッハは、レオポルト侯とともにボヘミアの保養地カールスバートに旅に出ていました。ここは当時の貴族たちが集う保養地であり、2ヶ月あまり滞在しています。
ところが7月になって帰宅したバッハを待っていたのは、嘆き悲しむ子供たちの姿でした。
そこにいるはずの妻マリア・バルバラはいません。
バッハが家を留守にしていた間に病に倒れ、帰宅の前にすでに埋葬が終わっていました。

当時のバッハは35歳。4人の子供を抱える寡夫となったのでした。

この年に『無伴奏』の自筆譜が書かれたとされており、当時のヴァイオリニストで完璧に演奏できる者がいたかどうかは別として、専門的な技巧をもつ演奏家の存在を前提としていることは間違いないでしょう。

オルガニストであったバッハは当然ながらオルガン的発想が作品の随所に見られ、例えば低音部を鳴り響かせるのはほんの一瞬であっても、あたかも「ずっと低音部が鳴り響いている」と仮定してメロディを演奏しなければならないということは、この曲に取り組む人なら必ずレッスンで先生から言い渡されるはずです。

しかし。

「ずっと低音部が鳴り響いている」と仮定

というのがこの曲の知られざる要諦であるように思えてなりません。

そこにはない音なのに、「ある」と思って演奏する

というのは、妻がこの頃亡くなったというエピソードと重ねるならば

もう私のそばにいないけれど、「いる」と思って日々生きていく

ことの喩えであるように感じられないでしょうか。

ヴァイオリン音楽というのはふつうピアニストが伴奏を務めますが、無伴奏ということは一人で音楽を作らなければなりません。

基本的にメロディ楽器であるヴァイオリンでハーモニーを生み出すためにバッハが取り入れたのが「重音奏法」であり、同時に複数の弦を弓でこすることで和声が生まれます。
要するに妻の思い出を楽譜に込め、「一人で複数の音を出す」=「一人だが孤独ではない」つまり「妻は傍らにいる」ということを暗示させたかったように思われてなりません。

この説が当たっているかどうかは、バッハにインタビューできるわけでもなく、仮にそんなことができたとしても本当のことを語ってくれるかどうかわかるはずもなく、検証不可能です。

あくまでも私の考えはこうですとしか言いようがないのですが、私自身も最近家族を亡くしましたので芸術作品に亡き妻の思い出を込めるという振る舞いが人間らしく思えます。

私自身が「無伴奏」を演奏するときは、上手かどうかは別として「追悼の思い」を胸に秘めることといたします。


*私は20年以上前のヒラリー・ハーンのデビュー盤をいまだに聴いています。
18分近くかけて演奏される「シャコンヌ」の清新さは、何度でも再生したくなるほど!