ヒルダやフレデリカ、カリンといった女性登場人物も男性に負けず様々な強さを持っているのが『銀河英雄伝説』の特徴でもあります。

本編の終幕近くでユリアンとカリンの関係が大きく進展するときの場面を見ていると、「ユリアンもこれからいろいろ主導権を握られるだろう」ということがなんとなく予感されます・・・。

『銀河英雄伝説列伝1 晴れあがる銀河』に掲載されている短編「士官学校生の恋」においても、女性の強さを――男性のもつそれではなく、もっとしなやかなものを――伺わせるものがあり、思わずニヤリとなります。


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『銀河英雄伝説列伝1 晴れあがる銀河』感想その2「士官学校生の恋」

石持浅海さんの作品「士官学校生の恋」では士官学校生時代のヤン、早々と出世してゆくキャゼルヌを軸に、なんとジャン・ロベール・ラップとジェシカ・エドワーズまで登場。
お菓子づくりが趣味の士官学校の学生・クラインシュタイガーに頼まれて、彼の交際相手ロイポルツのために作ったラーバブルネンという帝国発祥のケーキを試食することになり・・・。
(以下、ネタバレなども含まれますのでご注意ください。)






ラーバブルネンの味を100%再現するために、クラインシュタイガーは銀河帝国の食文化を調べ上げ、同盟の士官学校生でありながら銀河帝国人の食生活を実践することになっていた、じつはロイポルツがクラインシュタイガーに接近したのも帝国シンパを作り出そうとするある種のプロパガンダだったのです。

冷戦時代のソ連も、技量の優れたオーケストラを日本などに送り込み、「社会主義は、経済や軍事だけでなく、文化の面でも資本主義を圧倒している」ということを猛烈にアピールしようとしていました。

演奏会の翌日に全国紙で「レニングラード・フィルハーモニー、絢爛たる音風景」のような記事になったら、「そうか、ソ連って優秀な音楽家が多いんだ! すごい国だ! 留学してみたい!!」と思う学生が出てきても不思議ではありません。このレニングラード・フィルハーモニーというのは冷戦時代はムラヴィンスキーという優秀な指揮者に率いられた世界屈指のオーケストラだったわけですが、たびたびの来日がソ連政府からの善意に満ちた文化使節と見るのは、たとえ楽団員に悪意がなかったとしてもいささかナイーブでしょう。(似たような事例は音楽だけでなく、スポーツなどでも同じだった模様です。)

規模こそ違え、ロイポルツが担っていた役割もやはり同じようなものですが、歴史家志望だったヤンが彼女の狙いを見抜いていたのは、20世紀の東西冷戦に代表されるようなスパイ活動やプロパガンダ工作にも深い造詣があったからでしょうか・・・。
オルタンスはロイポルツの正体が何者であるかをヤン同様に見抜き、憲兵隊に所属しているキャゼルヌに事態の処理を進言。さすが事務処理能力に秀でたキャゼルヌに釣り合う女性です。
かれはオルタンスを評してこう考えます。
おかしな言い方かもしれないけれど、魔法を使ったみたいだ。彼女がステッキを振ると、真実の方から近寄ってきた。なぜだか、そう考えた方がしっくりくる。優しげな微笑みで真実を手なずける、白き魔法使い。そして自分もまた、彼女の魔法によって惹きつけられたのだ。

ここで面白いのは、この顛末を解決するきっかけをつくったのはヤンではなく、当時キャゼルヌと付き合っていたオルタンスだということです。やはり銀英伝、要の場面では女性がキラリと光る活躍ぶりです。
バーミリオン星域会戦においてもラインハルトはヤンに追い詰められていましたが、死闘を終わりに導いたのはヒルダの機転でしたし、そもそもヤン艦隊の活躍も副官フレデリカ・グリーンヒルの補佐に支えられてのこと。

『銀河英雄伝説』が戦争を題材にした小説でありながら血の匂いや権力への追及といった生ぐささから一定の距離をおき、作品にある種のしなやかさ、柔らかさを与え、男性だけでなく女性からも支持されるロングセラーとなった一因はこのような女性登場人物の的確な配置にあるのかもしれません。

かつて連合艦隊司令長官・山本五十六は「男は天下を動かし、女はその男を動かす」と語りました。どうやらこの言葉は、人類が地球を後にして宇宙へ進出したあとも的を射ているようです・・・。『銀河英雄伝説』を読んでいると、どうしてもそう思えてしまいます・・・。



余談:ちなみにですが、『銀河英雄伝説』のアニメ版(80~90年代のほうです)で使われている様々なクラシック音楽の音源はドイツ・シャルプラッテンという東ドイツのレーベルであり、ケーゲル、マズア、ブロムシュテットといった名指揮者の手によるものです。ソ連と並ぶ社会主義国・東ドイツも国家予算とは不釣り合いなほど文化面での活動に力を入れていましたが、結果的に採算性という概念のない「オーケストラ」という音楽ジャンルでは後世に残る多くの名録音を残すことになりました。
2020年現在ブロムシュテットは今なお現役であり、NHK交響楽団をたびたび指揮しています。