子供が読んでも素晴らしいけれど大人が読むともっと素晴らしさに気づけるミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。

読み返しの4日目には第14章「色の砂漠ゴアプ」から第16章「銀の都アマルガント」までたどり着きました。

物語はすでに後半に入りました。
前半ではアトレーユが中心になっていましたが、後半ではバスチアンが人間の世界へ戻る旅が描かれています。
しかしファンタージエンという国は事実上終わりとか国境とかいうものが存在せず、となるとバスチアンはいつまでたっても帰れない・・・?

mental


ファンタージエンの距離感は、ある意味私たちが何かに取り組むときの「意志」とも似ている

ファンタージエンの地理というのは前半でも一度語られていましたがよほど重要な概念なのか、作者は同じ話を2度しています。

前半では
「近い」とか「遠い」とかいうことばも別の意味を持っている。それらはすべて、それぞれに定められた道を歩んできたそのものの心の状態と意志しだいなのだ。ファンタージエンには限りがないのだから、どこでもその中心になりうる――それとも、その中心はどこからでも同じように近くもあり遠くもあるといったほうがよいかもしれない。それはまったくのところ、その中心にゆこうとする意志のみにかかっているのだ。そして、この最も内なる中心こそ、エルフェンバイン塔だった。
とされ、東西南北といった概念が無意味で、砂漠のとなりに雪原が出現することもあるという説明がなされています。

要するに「どこかへ行きたい」という意志が強ければ、すぐにたどり着けてしまうことを示唆しています。

後半でもバスチアンが色の砂漠ゴアプが出られないほどの広さだとグラオーグラマーンに言うと、こういう答えが帰ってきます。
「ファンタージエンの道は、あなたさまの望みによってのみ見いだされるのです。そして、いつも一つの望みから次の望みへと進むことができるのです。あなたさまのが望まないものには手も届かない。『近い』とか『遠い』とかいうことばも、ここではその意味で使われます。だから、ある場所を立ち去ろうと思うだけでは十分ではない。他の所へゆきたいという望みがなければだめなのです。望みを持って、それにご自分を導かせるのです。」
一見すると「そうか、ファンタージエンって地理がむちゃくちゃな国なんだ!」と思えてしまいます。

そうではないのです。
これは人間の意志というものが、なにかしらの目標を達成するうえでどれほど大切かを暗示しているようではありませんか。

たとえばフルマラソン完走したいという目標を強く心に念じている人は、半年くらいのトレーニングでほんとうに達成してしまいます。(専門書を読むとフルマラソン完走は最短で4ヶ月程度で可能などと書かれています。)

英検1級を取得したいと本当に心の底から思っている人も、やはり1年くらいで取る人は取るでしょう。

反面、こういうことをやりたいと全く思っていない人は、一生かかっても達成することはないでしょう。もともとそのつもりがないわけですから。

つまり私たちの世界でも「これをやりたい」と強く願う人は、本当に達成してしまいますし(=ファンタージエンで言うところの「近い」)、「別に・・・。」と思っている人は何も起きない(ファンタージエンの世界で言うところの「遠い」)。

バスチアンは物語の後半では自分の願いがストーリーを動かしてゆきます。
ある意味、自分の思いというものがどれほど人生に影響を及ぼしているかを間接的に語っているかのようで、作者エンデの洞察の深さ、そしてそれを物語として表現してしまう力量に脱帽しました。


エンデの『はてしない物語』を20年ぶりに読み返す、その6。人間の条件とは。